待ち人は、息を切らして現れる

01




そもそも俺は、彼女が欲しかったんだ。

クリスマスイブ。
可愛い彼女が、待ち合わせ場所に立つ俺のもとに駆け寄って来る。
待ち合わせ場所は、もちろんツリーの下。
イルミネーションがきれいな街並みを、彼女と手をつないで歩いていると、雪が降ってきて。
彼女のふわふわのマフラーに、ひとひら舞い落ちる。
ベタだと言われようと、それが俺の夢だった……。


大学の友人に誘われて、合コンならぬ合同パーティーに参加したのは先週のこと。クリスマスを1ヶ月後に控えたイベントに、俺は乗り気で参加した。 ラジオ局の企画だとかで、司会には声のきれいなお姉さんがいたし、立食の食いモンも旨かった。

男はブルー、女はピンクの名札を付けられて、自己紹介のあと、ゲームに興じ、お決まりのフリータイム。20代限定って年令制限があったから、マジで婚活!みたいな連中は少なくて、気楽なパーティーだったんだけど。
フリータイムで俺の横をガッチリキープしてくれたのは、『坂上馨(さかがみかおる)22歳』と書かれた――
――ブルーの名札をつけた奴だった。

そいつは参加者の中でも一際目立つルックスで、着飾ったピンクの名札をたくさんはべらせながら、俺のとこにやって来てこうのたまったんだ。

「俺、キミにコクるから」
「はぁっ?!」

一瞬の瞠目のあと、俺はすっとんきょうな声を上げ、思わず自分の胸を確認した。
ピンク……じゃないよな。
ブルーの名札に『山代恭平(やましろきょうへい)21歳』ってちゃんと書いてある。
確かに女顔と165に満たない身長のせいで、女子に可愛いとか言われちまうこともあるけど。
ブルーだし。『恭平』だし。

「どう見たって男だろ?」
「ん。だけど、俺、恭平くんのこと気になっちゃってさー。ちょっと話してみない?」

スラッとした長身。明るめの茶髪に垂れ目気味の瞳。しゃべり方もユルくて、一見チャラっとしてる。
おまけに女の子たくさん引っ付けて……。
モテない俺のコンプレックスを、これでもかと刺激する。

「ごめん、俺そーいう趣味ない。悪いけど他あたって」

なるべくサラッと拒絶するが、そいつ―――馨はめげなかった。

「警戒すんなって。俺は恭平くんと話してみたいだけ。まずはオトモダチからって言うでしょ?」

全く気が進まなかったが、奴の連れてる女の子集団も含め、オトモダチになれるのならまぁいいかと、渋々頷いた。
……のが間違いだった。

フリータイムは、馨と脇目もふらずにそれを狙うピンクのご一行様に囲まれて過ごし、告白タイムでは、辛うじて馨にコクるのを思い留まらせるのが精一杯。 自分のコクりたい相手を見つけることすらできなかった。
一緒に参加した大学のダチは、ちゃっかり告白に成功して、デートの約束までしてる。俺の収穫はと言えば、無理やり交換させられた、馨のメアドだけで。

「はー……嫌んなる」
「何ため息ついてんだ?」

年内の最終講義の終わった教室で、件のパーティー勝ち組の智宏にぼやく。

「俺の断り切れない性格が嫌だ……」
「お前、押しに弱いもんな。押しの強い女の子だったら上手くいくんだろうけど、男じゃな……」

俺の悩みを見透かしたように言う智宏。

あれから一週間、馨とはほぼ毎日メールしてる。しかも、2回遊びに行った。映画とカラオケ。
断り切れない俺も問題だが、一緒に遊んでると、馨は案外付き合いやすい奴で。帰り際に、楽しかった…なんて思っちゃう始末で。
このままダチとしてなら、付き合っていけそうだなって思ったりしてた。

でかいビル1つ分使ったこの店は、最近よく見かけるカラオケもできればボーリングもできる複合施設で、大学の仲間と一緒に利用することも多かった。 ボールを的に当てたり、ゴールを狙ったり、スポーツをゲームとして楽しめるコーナーも人気で、週末の今日は学生で賑わっている。

「馨、何やる?とりあえずボーリング1ゲームか?」

後ろでまだ軽く放心状態の馨に声をかける。

「あ、あぁいいね。ボーリング行こう」

やっと戻ってきたみたいに、馨が隣に立った。
過去に俺と会ってたかもしれないくらいで、そんな衝撃受けるか? 同中でもないのに……。 変な奴。

あんまり気にしないようにして、受付を済ませた。 靴のサイズが2サイズも違うなんて屈辱だが、これも気にしちゃいけない。 せめて選ぶボールくらいはと、いつもより重めのをチョイスする。
見栄張って重いボールを手に取ったのが間違いだった。 まっすぐ転がったときは威力抜群で、ピンが倒れてくれるのだが、少しでもコントロール狂うとガターの連続。 安定しないゲームに、馨が苦笑しながら言う。

「恭平、無理しないでボール変えたら?」
「……無理してないし」

意地になった俺は、その後も自分にはそぐわない重いボールを使い続け、結果散々なゲームとなった。

「ま、まぁそう肩を落とすなって。そうだ、次バスケしよう。やってたんなら得意だろ?」
「バスケか……」

馨の提案は、少し俺の心を揺さぶった。 久しぶりだが、大好きだったバスケ、やってみたい。 こんなとこだから、シュート決めるだけのゲームだけど。

アミックには何度も来てはいるが、バスケのゲームは避けていた。 この身長で、バスケ経験者ってバレていろいろ言われんのが、なんか嫌だったんだ。 その点、馨はやってたころの俺を知ってるみたいだし、見せてもいいかな……と思えた。

頭上にボールを構え、ゴールを狙う。
丁寧に置くようにスローすれば、ボールは面白いように枠に吸い込まれた。

「……やっぱそうなんだ。変わってねーな」

後ろで見ていた馨が、ボソリと呟いた。

馨に交代し、長身が決めるシュートを後ろから眺める。
きれいなフォーム。 いいな。 俺にも、もう少し身長があったら…。
このルックスで、バスケとか、間違いなくこいつモテまくってんだろうな。 いや、モテたいからバスケやってたわけじゃないんだ。 …確かに最初はモテたくて始めたかもしれないけど。 最終的には好きでやってたし。 でも、こんなカッコよかったら、やっぱモテるだろうなぁ。 こんな時期に俺とばっかつるんでたって、クリスマスの心配なんて皆無だろうなぁ。

無意識に、シュート打つ馨をカッコいいなんて思ってしまい、その上クリスマス事情まで想像してしまった俺は、バツが悪くなってうつむいた。

「どした?」

気づいた馨が、俺をのぞきこむ。

「いいよな、馨は……」
「え?」
「タッパあるし顔はいいしおまけにバスケもできてさ、神様は不公平だよなー」
「何、急に」
「どーせクリスマスの悩みなんてないんだろ?」
「クリスマスの悩み?……恭平、何か悩んでんの?」
「……お前に話したって空しくなるだけだし」

いじける俺は、だだっ子か? カッコ悪りぃ。

「クリスマスを恋人と過ごしたいって悩みなら、俺もあるけど……違うの?」

馨も……? まさかな。

「嘘つけ、オンナなんてお前はよりどりみどりだろ。同情はいらねーよ」
「同情って……」
「クリスマスイブに可愛い彼女とツリーの下で待ち合わせたいっつーのが、昔っから俺のささやかな夢なんだよっ悪りーか!」

カッコ悪いついでだ。 一気に吐き捨てるように言うと、馨が眉を寄せ、瞳を陰らせた。

「誰でもいいわけじゃないから」
「あ?」
「俺がクリスマスを過ごしたいのは、俺の好きな人。誰でもいいわけじゃない」

馨の真剣な表情に、胸がトクリと鳴った。

「恭平は、誰でもいいの?とりあえずクリスマスまでに彼女がほしいだけ?」
「う……」

正論だ。 俺は言葉につまる。

「その場限りでいいんだったら、恭平の言うとおり、俺は相手に困らないよ。だけど、俺はそれじゃ嫌なんだ」
「馨、」
「俺が欲しいのは一人だけ。……こんなとこで話すのもあれだし、場所変えて、ご飯でも食べながら話さない?」

馨、なんか辛い恋でもしてんのかな…。 こいつが「一人だけ」なんて言うくらいだから、相当強い想いなんだろう。
あまりに真剣な馨に、断るという選択肢は思いつかなかった。

「……わかった」
「も、出よっか」
「うん」

ケンカしたわけでもないのに俺たちは、重苦しい空気を背負ったまま、アミックを後にした。

「俺の知ってる店でいい?」

歩きながら馨が聞く。

「いいよ」

馨に連れてこられた店は、創作居酒屋だったが、席が全て個室風になっており、ゆっくり話せそうだった。 と言っても俺の話は、クリスマスまでに彼女がほしいってのと、にも関わらずこないだのパーティーではよくも邪魔してくれたなって恨み言くらいで、1個目はさっき吐き捨ててしまったから、主に馨の話を聞くことになりそうだった。

「とりあえずビールでいい?」
「うん」
「じゃ、それと……何か適当に頼むね」
「お願い」

馨の知ってる店だから、注文はお任せして、俺はじっくりと酒のメニューを眺める。 2杯目以降は何にしようかな、なんて考えながら。

こう見えて俺は、酒には強い方で、飲みに行くのも結構好きだった。 リストに載る酒の種類が豊富なこの店は、それだけで俺を満足させた。

「梅酒と焼酎の種類がすげーな」
「だろ?俺もいつも迷うんだ」

馨も酒は好きそうだった。 出会いがあれじゃなければ、早々に気を許せるいい友達になってたかもしれない。

「とりあえず乾杯」
「乾杯」

素焼きのカップに注がれたビールをグビッと半分あける。 ジョッキとはまた違った、まろやかな泡にうっとりする。

「旨いなー。ビールがこんな旨いと思ったのは久しぶりだ」

正直に感想を言うと、馨が嬉しそうに目を細めた。

「料理も旨いからさ、期待してて」
「恭平、飲みに行くの好きなの?」

軽く首を傾げながら、馨が聞く。
俺は運ばれてきた卵焼きを頬張りながら、とりあえず頷く。 フワフワの食感、素朴な味がジワリ口に広がって旨い。 咀嚼し、飲み込んでから口を開いた。

「酒はかなり好きなんだよ。軽くていいから旨いアテがあれば、どんな酒でも何時間でも飲み続けられる」
「へぇー、強いんだ。意外」
「このナリで……なんて思ったろ?悪りーな」
「ううん。俺も酒飲みだから嬉しい。じゃ、恭平は酔っても変わらないんだ?」
「どうかな。多少楽しくなってよく喋ったりはするだろうけど、豹変はねーな」
「そっかぁ、つまんないなー。酔って豹変するとこ、見てみたかったのに」
「はぁ?酒乱だったらどうすんだよ。迷惑だろ」
「あは。恭平が酒乱とかウケるし。見てみたい気がする」
「ナイな。そう言う馨は?ナニ上戸とかある?」
「うーん、俺も一緒。強い方なんで。多分変わらないかな」
「なんだ、つまんね」
「同じこと言ってる」

俺たちは笑い合った。

酒呑み同士、種類豊富なメニューを片手に、お互い味見し合ったりしながら時は過ぎた。 馨のチョイスした料理は、酒に合うものばかりで、それがまた一々旨いから、俺は箸をつける度に唸った。

「マジでここの店、イケてんなー。俺も常連になりそ」

片手にしてる焼酎は、最終的に一番気に入っておかわりし続けている。

「気に入ってくれて良かった。いいでしょ、この店。また一緒に来よ?」
「そうだな。また誘って」

馨のくれた楽しい時間に、思わず満面の笑顔になった。 馨が一瞬、びっくりしたように目を見開き、停止する。

「どした、馨?」
「……恭平、今のは強烈だった」
「何が?」
「いや、なんでもない」

多少視線をさ迷わせながら、馨も手持ちの酒を飲み干した。

「俺、次熱燗行くけどお猪口2つもらおうか?」

メニューを見ながら言う馨に、あぁ頼む、と返す。
店員を呼び、頼んだ酒が来るまで、馨は俺の目を見なかった。
酌をし合いながら、熱燗をチビチビやる。 さっきから言葉数の減った馨に、あぁそろそろ話し始めるのかなぁなんて思う。 ゆっくり話すためにここに来たのに、あんまり楽しくて時を忘れそうだった。

「あのさ、恭平」

来た。
少し改まった調子の馨に、俺まで緊張する。

「一目惚れってしたことある?」

一目惚れ……、か。 あるっちゃあるけど。

「通りすがりの女の子を可愛いって思うことはよくあるけど、それとは違うよな?」
「ちょっと違うな。いや、最初のきっかけは同じかもしれない。違うのは、その気持ちがそっから持続すること」
「持続か……それはあんまりないな」
「じゃ、恭平、誰かを好きになったことは?」
「そりゃもちろんあるさ。彼女もいたことあるし、そこまでオクテじゃねー」
「なら良かった」
「俺は相手をよく知ってから好きになる方なんだ」
「ふ。じゃあパーティーなんかで好きな子なんて見つかるわけないじゃん」

あ、自分から蒸し返したな。 俺の恨み言、吐き出すにはちょうどいい。

「それだよ!あのパーティー!俺、マジで彼女作りたかったのにお前が邪魔すっから、なんもできなかったじゃねーか」
「パーティーで彼女か……。恭平、誰とも番号交換とかしなかったの?」
「できるか!」
「そう。良かった」
「全く良くねーっ!お前はあんとき俺のことからかって楽しんでただけなんだろうけど。……いるんだろ、『欲しいのは一人だけ』の奴が……」

恨み言は吐き終わった。 そろそろ本題だろうと、馨が話しやすいよう振ってやる。 おしぼりを広げたり畳んだりしている馨とは、軽口叩きながらもさっきからずっと目が合わない。

「馨?話すんじゃなかったのか?俺に話して少しはスッキリすんなら、聞いてやるよ?」

促すと、馨がギュッとおしぼりを握りしめた。

「からかってたわけじゃないんだ」
「え……」
「恭平のこと、気になって声かけたのは本当。友達に誘われて気乗りしないパーティーに参加してさ、別に誰ともどうなるつもりもなかったんだ」
「あんときの女の子が聞いたら泣くぞ」
「恭平の周りにだけ、スポットライトが当たってるみたいに見えたんだ。無意識に惹かれて声かけた。あぁいう場だったし、恭平に他の誰かとくっついて欲しくなくて、あんなことに……」
「よくわかんねー。俺、男だぞ?馨はそういう趣味なの?」
「ゲイってこと?いや違うと思う。基本女の子好きだし」
「じゃあなんで俺……?お前好きな奴いんだろ?そんなに思い詰めた顔するくらいに」
「思い詰めてる……か。そんな顔してんだ、俺」

馨は自嘲ぎみに笑った。

「話が長くなるけど、いい?」
「乗りかかった舟だ。聞いてやるよ」
「ふ。なんかオッサンくさいなー。恭平、一緒にいると印象がどんどん変わる」
「幻滅したか?見た目で判断すんなよ」
「いや、ますます興味が湧く」

また話が逸れた。
相変わらず俺の目を見ない馨に、いい加減イライラして、話の続きを促した。



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