待ち人は、息を切らして現れる
03
クリスマスまで、1週間を切った。
彼女が欲しかったはずの俺は、不思議ともう焦ったりはしていない。
その代わり、頭の中を占めるのは、あの初雪の夜、馨に抱きしめられながら聞いた一言で……。
『ずっと忘れられなかった』
思い出す度、俺の心臓はうるさく跳ねまわり、奥の方がキュッとなる。
そんなに長い間、想い続けてくれていたなんて。
いや、例え一目惚れの相手が俺じゃなかったとしても、一緒に過ごすうちに感じるようになった居心地の良さや、優しく俺を見つめる瞳に、ほだされかけていた。
俺は馨に惹かれている――
これはもう、疑いようのない事実で。
俺は自分の中で否定することを、早々に諦めた。
認めてしまえば、今度はどう伝えるかだ。
恋愛経験の少ない俺に、気の利いたことはできない。
でも、できれば、この運命的とも言える奇跡みたいな出会いを、印象深く彩りたい。
考え抜いた先に俺がたどり着いた結論は……。
「イブに?」
2日ぶりに聞く馨の声は、少し驚いた風でワントーン高い。
「そ。駅前のツリーんとこで待ってっから」
「わかった……」
「じゃな」
これ以上話してると、こっぱずかしくて死ねる!と思い、いそいそと通話を終わらせた。
俺の出した結論は、そう。
イブにツリーの下で待ち合わせ。
ベタな自分の夢を叶えるっていう……はぁ。
プランニング能力のない自分に、つくづく嫌んなる。
サプライズも何もあったもんじゃない。
ま、いっか。
シチュエーションはどうであれ、言いたいことが伝われば。
本当言うと、馨の気持ちには全然追い付いてない。
やっと走り出したってとこだ。
でも、7年も想い続けてくれた馨に、少しは応えたいって思うんだ。
流されやすい俺だから、今回はあえて流されてみる。
迷いは捨てた。
馨が後悔したみたいに、一度チャンスを逃すと、後悔してもしきれないから。
迎えたクリスマスイブ。
街はイルミネーションと、歩くカップルで賑わっている。
俺は馨に、せめてものプレゼントを用意して、それを片手に駅前に立った。
プレゼントは腕時計。
これから二人で過ごす時を刻む時計……どこまでもベタ過ぎる自分に呆れる。
約束の1時間前だが、家にいても落ち着かない。
まるで本当に、彼女と待ち合わせてるみたいだと苦笑する。
実際は彼女どころか、まだ恋人ですらないけど。
まだ……?
俺たちの関係は、これからどうなってゆくのか全くわからない。
同性同士っていう壁や、居心地の良い友達って枠をはみ出す不安。
考えるとキリがないけど。
それでも一歩踏み出すんだ。
流されてはみたけど、それは俺が自分で決めたこと。
躊躇いながらも7年分の想いを告白してくれた馨に、今度は俺が伝えるんだ。
精一杯の想いを。
ツリーの電飾の下では、1時間も待ってたらさすがに可哀想な子みたいなので、それに気づいた俺は駅の改札口付近に移動した。
ここからは、ツリーが良く見える。
待ち合わせの恋人たち。
当たり前だが、彼氏と彼女の組み合わせで、合流するとすぐに甘い雰囲気を漂わせている。
男同士で待ち合わせなんて、仲間うちのパーティーの団体様くらいだ。
マズッたかな……。
一目惚れした俺にコクれなかった馨だから、やっぱり人目を気にしたりすんのかな……。
時が経つにつれ、不安になってくる。
俺は案外、人目を気にしない方で、自分でも開けっ広げな性格だと自負しているから平気だけど。
しかも、小柄で女顔の俺は、今日着てるファー付きのコートで、ちょっとボーイッシュな女の子に見えなくもないし。
そんなことを考えながら、長い待ち時間を過ごした。
待ち人は、軽く息を切らし、15分前に現れた。
「悪い、ホームから恭平待ってんのが見えて……っ。長く待った?」
ああもう。
15分も前なのに。
なんで走ってくんだよ。
ほんっとに……。
「恭平……!?」
息を切らした馨の姿を見たら、悩んでたことが嘘みたいにすっ飛んでて、気がついたら馨に飛び付いていた。
「ちくしょ……待ったよ。めちゃくちゃ待った。……早くお前に会いたくて」
馨の胸に頭を押しつけ、言いがかりをつける。
周りの目にはどう映るんだろうなんてことお構い無しに、そのまま続けた。
「7年も恋い焦がれた俺が待ってんだから、早く来いよな」
「何、その理不尽……」
馨が苦笑して、クツクツ笑ってる。
良かった、この状況を嫌がってはいないみたいだ。
これ以上の見世物を改札口で繰り広げるのもなんだし、俺は馨を促した。
「少し歩こうぜ」
「あぁ、そうしようか」
馨は頷き、すぐに従ってくれた。
「忘れちゃいけないから、はいこれ」
歩き出しながら、プレゼントを差し出す。
タイミング的にどうかと思ったけど、片手に紙袋持ってりゃ、気になるだろうし。
「ありがと。俺も一応。これな」
微妙な場所でのプレゼント交換になったが、構わずその場でお互いに開けてみる。
「時計……」
「ベタだとか笑うなよ」
「笑わないよ。ありがと。大事にするな」
ふわりと笑う馨に、胸がうるさく鳴る。
「マフラー?」
馨からのプレゼントは、手触りの良い上質そうなマフラーだった。
優しい水色が、気持ちまで温かくしてくれそうだ。
「大切な恭平が、風邪引かないように……」
俺に負けず、ベタベタなセリフを吐いてくれる馨。
「お前も結構恥ずかしい奴だな」
照れ隠しにそう言うと、お互い様、と返された。
お互いのプレゼントをそれぞれ身に付け、寒空の下を歩く。
イルミネーションに飾られた、並木道。
さすがに手は繋げないし、何より俺は馨に、まだ何も伝えてはいない。
さっきの改札の雰囲気で、大体はわかってんだろうけど……。
「なー」
「ん?」
「こないだの返事、考えてきたんだけど……」
「待って、恭平」
言いかけた俺を、馨が静止した。
「なんだよ」
「それはもう少し、静かなとこで聞きたいかな」
「え?」
「ほら、あそこの角曲がって少し行くと公園があるだろ?温かい飲み物でも買って、そこでゆっくり話さない?」
「ゆっくり話すって程、長くはならないと思うけど……」
「ごめん、これは俺の都合。恭平の返事聞いて、何もしないでいられる自信、俺にはない……」
横を歩く馨を見やると、熱っぽい視線が絡み付いてきた。
やっぱり俺の答えはわかってるっぽい。
「わかった」
了承するしか、ないだろ?
件の公園に着いた俺たちは、それぞれホットコーヒーを片手に、並んでベンチに座った。
距離にして、グー2つ分。お互いの身体から発生する熱は、辛うじて相手に届く。
「ごめんな。こんなとこ連れてきて」
メインストリートから外れた公園は、イルミネーションや人々の喧騒も微かに届く程度で、人気もなく静まりかえっている。
「いーよ。俺も二人の方が話しやすいし」
あまり人目を気にしない俺だって、やっぱりコクるには静かな場所が良い。
スゥッと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
肺の中の空気が、冷たい風と入れ替わるような感覚に、自然と背筋が伸びた。
「俺な…」
考えていたセリフは、結局まとまらず仕舞いだった。
でも、伝わればいい。
これが、今の俺の精一杯。
二人の間に、緊張が走る。
「俺も馨のこと、もっと知りたい」
「うん」
「馨が俺を想ってくれてる気持ち、よくわかったし、嬉しかった」
「良かった」
和らぐ空気。
俺は続ける。
「俺も、馨のこと好きなんだと思う。そりゃ馨の7年分の気持ちに比べたら、全然ちっちゃいもんだと思うけど……でも俺」
言葉を区切り、まっすぐに馨の瞳を見つめる。
「恭平……」
吐息まじりに名前を呼ばれると、胸の奥が締め付けられた。
愛しさが胸に込み上げてきて、俺はすぐさまそれを、言葉にして吐き出した。
「馨と恋愛したい。お前が俺を想うのと同じくらい、お前を想ってみたい」
言いきるのと同時に、馨が動いた。
一瞬の息苦しさの後、感じる温もりは、あの初雪の夜と同じで……。
俺、また抱きしめられてる……。
「恭平……恭平……。好き……」
馨は、うわ言のように俺の名前を呼ぶ。
掻き抱かれる背中に、熱情を感じた。
「良かった……恭平。俺、マジで幸せ……」
馨の声が震えてる。
改めて感じる深い想いに、俺も泣きそうになった。
こんなに想われてるなんて……。
「受け入れてくれてありがと、恭平」
「こっちこそ、想い続けてくれてありがとな」
俺たちはお互い、目を見合せて笑った。
お互い涙目で、濡れた瞳が街灯に照らされて揺れていた。
近づく垂れ目ぎみの瞳が、伏せられてゆくのを見ながら、俺も瞼を閉じる。
冷えきってカサついた唇が触れ合い、それを繰り返す度、唇は温度を上げた。
何度か繰り返したキスの後、さすがに気恥ずかしくなった俺たちは、それぞれ冷めたコーヒーを飲んだ。
「話も終わったことだし、行きますか?」
馨がスッと立ち上がる。
ベンチに座った位置から見上げる姿は、今夜も欲目なしに完璧だ。
それに…なんか今日は、立ち昇る色気まで感じる。
妙にドキドキして、躊躇っていると、目の前に手が差し出された。
「ほら、行こ。恭平」
自然にその手を取り、立ち上がる。
取られた手は、放されることもなく、俺たちは手を繋いだまま歩き出した。
「このままイルミネーション見ながら、歩こ?」
馨の提案に、一応の確認をする。
「見られてもいいのか?俺はいいけど……」
「いいに決まってるだろ。幸せだーって、全世界に言って回りたいくらい」
「全世界は遠慮しとく……」
「あは。それとさ。最後にツリーの下、行こう」
「え?」
「待ち合わせ、やり直そう。夢だったんだろ、恭平」
赤、青、黄色にピンク。
キラキラ輝くツリーの下。
俺は念願のシチュエーションに、胸を踊らせる。
「俺が先に来て待ってる設定な。馨は息を切らして走って来いよ」
「はは。了解」
片手を挙げ、馨は改札の人混みに消えた。
やがて電車が到着し、改札口から吐き出される人の群れ。
茶色い頭が、ひょこっと出ていて、すぐにそいつだとわかる。
駆け寄ってくる愛しい人に、目を細める。
「待った?」
息を切らしながらの、定石通りのセリフに、俺は微笑み、答える。
「めちゃくちゃ待った。1時間だぞ?待ち死ぬかと思った」
俺の前に立ったそいつは、俺を愛しそうに見つめてこう言うんだ。
「俺は7年も待ったんだ。1時間くらい我慢しろって……」
ニヤリと笑って言い返した後、公衆の面前で俺を抱きしめた馨が囁いた。
「好きだよ。ずっと恭平だけが欲しかった……」
俺は満足して、その背中を抱きしめ返す。
奇跡を見せてくれた神様に感謝しながら。
END