ムーンライト パレード

01



――プロローグ――


思い出すのは、いつも。

あの夏。

あいつと聴いた、あの歌。

潮騒の音。

砂まじりの手の温度。



1. 春、あいつとの接点


俺が通っている高校はいわゆる中高一貫の進学校というやつで、俺は結構難しい試験と倍率を乗り越えて今ここにいる。
というわけで、我が校では高校のそれも2年からの編入なんてすごく珍しい。
あいつはその「珍しい」編入生だった。

編入の理由は知らない。多分、親の転勤かなんかだろう。
前の学校も他県だけど有名な進学校みたいだし、たいした試験もなく入れたんじゃないかな。

4月。
俺は窓際の席ですでに葉桜になってしまった枝振りの良い1本を眺めながら、持ち上がりの担任が編入生を紹介するのをぼーっと聞いていた。

「イイダマサナリです。よろしくお願いします。」

黒板にはテンプレどおり、担任が書いたそいつの名前。
飯田正成。
堅いイメージな名前のわりになんかふわふわした奴だな、と思った。
少し脱色した髪色や、顔や襟足にかかる毛先の長さは一見チャラい。我が校では珍しい部類だ。

うちの学校は男子校なので、校内でモテる必要がない。
校外でモテたい奴は、それなりに外見に気を使うが、俺を含めたそれ以外の大多数は、正直髪をいじったり服のコーディネートに頭を悩ませたりするよりは、ゲームやマンガに時間を使う方が良かった。

あんま縁なさそ。それが第一印象だった。

始業式やらなんやらひととおり終わり、授業や部活も日常になり始めたころ。
縁なさそ、と思っていた飯田に話しかけられた。

「なぁ、お前って広野だっけ?」
「そうだけど。なに?」
「これさ、お前のだろ?ロッカーの前のとこ落ちてた。」

あ、ノート。
置き勉しまくってるから、前の時間ロッカーの中で雪崩起こしてたからな。1冊ぐらい残して扉閉めたかもしれない。

「ありがと。俺の。」

と、ノートを受け取ってそのまま立ち去ろうとしたとき。

「お前ってノート取るのうまいのな。ごめん、中身見ちゃったんだわ。」

飯田がヘラッと言った。

「そか?字ぃ書くのは好きだからな。」

これはホント。板書を無心で写すのは、ほとんど俺の趣味。中身は理解してないことが多いけど。

「いや、まじでわかりやすいって。テスト前とかお世話になっちゃおっかなぁ。」

飯田がまたヘラッと言った。
置き勉しまくってるぐらいだから取ったノートに執着はないけど、俺はなんか返しに困って苦笑で返した。

それからだ。
席も背の順も出席番号も見た目も遠い俺に、あいつがよく絡んでくるようになったのは。

「拓海ってさ、いつの間に飯田と仲良くなったわけ?」

移動教室の途中、俺の地味仲間である渡部が言う。

「あいつ、飯田ってさ。三女でも人気らしいし、なんか俺らとは人種が違うっていうか……。ファンクラブみたいなのまでできたらしいぞ。」

三反田女子高校、通称三女はうちの学校と最寄り駅が一緒のお嬢様校だ。
三女にモテるというのはうちの学校ではステータスなのだが、飯田は編入してまだ1ヶ月だぞ?渡部の言うことは話半分としても、ちょっと驚きだった。

「ファンクラブって。」

どこのファンタジーだよ?てか、そんな遠巻きに騒ぐほど近寄りがたい奴か?
たしかに飯田はイケメンの部類に入ると思う。
身長は俺より5センチ以上高いから170後半だろうし、校内ではチャラく見える外見も一般受けする範囲内だし、何より顔立ちが整ってる。
……というのは、最近気づいたことで。
正直イケ様になど興味なかった俺は、とりあえずイケメン判定しただけでどこがイケてるとかの分析は、完全にスルーしていた。

「広野ー」

またあのふわっとした声が、俺を呼んでいる。

「今日さ、図書館寄ってかない?」

飯田はあの「ノート事件」の後から、ちょくちょく俺を放課後の図書館に誘うようになった。
ノートなんてコピーさせてもらえば良いのに、と渡部が言うが、俺もそう思う。が、飯田は違うようで、

「だって俺も、そんなふうに書けるようになりたいもん。」

だそうで、ご丁寧に俺のノートを見ながら自分のノートにわざわざ書き写していく、という作業に勤しむのだった。

放課後の図書館だけじゃない。移動教室で席が自由だったりすると、飯田は奴のチャラ仲間と一緒に俺の後ろに陣取り、授業中俺の背中に100円て書いた紙を貼ってきたり、髪の毛いじったりみたいなちょっかいを出してきた。
昼休み、食べるのは俺は教室で渡部と、飯田は屋上でチャラ仲間の陣内となのだが、食後のまったり時間になると、飯田だけ降りてきて俺たち地味ーズのゲーム話に加わったりもした。

そんな感じで、飯田に対する俺の印象は「チャラくて縁なさそ」から「チャラいけど話しやすいやつ」に変化していった。
俺の中での飯田は、三女にファンクラブができるような近寄りがたいイケメンではなく、イケメンだけど中身はふつう、むしろおバカ寄りって感じだった。



5月。
飯田が思い付いたように言った。

「広野ってさ。部活帰宅部?」
「いや、違うけど。なんで?」
「やね、放課後誘っても大体オーケーだし、あんま運動とかもしてなさそうだし……」
「……ヒョロくて悪かったな」
「いやいや、お前がムキムキはちょっと引くし……。で何部なの?」
「生物部」
「せいぶつ?そんなんあんだ?」
「……暗、とか思ったろ!」
「いや、単に何やってんのか興味あるだけ」
「……普段は培養とか実験みたいのやってる。でも基本生き物好きの集まりだからメダカの世話とか……」
「へー。なんかぬるそうだな」
「で、でも夏はキャンプとかするんだぞ。結構サバイバル。こう見えて俺、自然の中ではワイルドだから!」
「ワイルドだぜぇー?なんか似合わないな」
「るせぇよ。ほっとけ」
「うそうそ!なんか楽しそうじゃん、そのサバイバルキャンプ?」
「俺は好きだけどな。その為に週一の部活やってるようなもんだし」
「週一なんだ。……な、俺も入れる?」

は?

「は?今から?高2の今年で引退だぞ?」
「だからこそっていうか、一回参加してみたいんだよ。広野が好きなサバイバルキャンプ。な、入れんの?」
「……入れる……とは思う……けど」
「なー。メダカってこんな感じですくえばいーの?」

相変わらずのふわっとしたゆるいしゃべり方で飯田が聞いてくる。
ただ今水槽の掃除中だ。

そんなわけで、ゆるい感じで入部申請し、あっというまに奴はこのゆるい部の一員となってしまっていた。申請に至るまでの行動だけは早かったが。
ボタンを1つ開けてネクタイをゆるめにしめたチャラ系の飯田は、意外にも腕まくりしてメダカと戯れるのが似合っていた。
俺は知らないうちに笑ってたらしい。

「あんだよ。俺が水槽運んでんのがそんなにおかしい?」
「いや、悪い。意外とはまるもんだなって思って」
「飯田ってさ。メダカっていうよりカラフルな熱帯魚じゃん?」
「なんのこと?」
「や、見た目的なこと?」
「そぉんな派手かなぁ?」
「うちの学校ではな。でもメダカ似合ってるし。案外素朴な奴?」
「案外てか、俺わりと地味メンだよ?」
「陣内みたいのとつるんどいてか?ま、俺はお前とは話しやすいと思うけど……」

腕まくりしたままの飯田が、フニャッと笑った。

「そか。広野がそう思ってくれてうれしー」

飯田の溶けた笑顔を見て、俺は心臓の裏側らへんがなんかくすぐったくなった。




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