ムーンライト パレード
02
相変わらず俺と飯田の図書館通いは続いていた。
週2ペースぐらいだったけど着々とノートは転写されてたので、テスト前だからって焦ることもなかった。
そう。テストだ。
俺はこの「わかりやすい」ノートに似合わず、テストが苦手だ。毎日無心にノート取ることで脳が満足してしまうのか、そこから発展させていくことができない。勉強も好きじゃないし、何がなんでも良い点を取らなければ、という進学校ならではのテストの雰囲気が嫌だった。
飯田が俺のノートを写している間、俺は他教科のノートを見直すのが習慣になっていた。
飯田が写しやすいか、わかりやすいか、そんなことを考えながら自分の字を見直す。時々修正を加えたり色を入れたりしながら、それは俺なりの勉強になっていたようだ。
その日も放課後図書館に行く約束をしていた。
飯田はチャラ友の陣内と安藤に、一緒に帰れないというようなことを話しに行っていた。
陣内は、分かりやすい茶髪ロン毛に片耳ピアス制服も着崩したうちの学校では目立つ存在。安藤も、髪の毛こそ短いがあとは似たようなもので、2人して昔から生徒指導の先生に目をつけられている。
ふと3人の会話が、俺の耳に飛び込んできた。
「なーナリ、なんで広野とそんな仲良いんだ?」
安藤の声だ。
あいつらは飯田をナリって呼んでる。正成のナリ。
「あ、俺もそう思ってた。あいつ超普通じゃん。てか、どっちかっつーと暗め?メダカの世話とかさ、お前もよく付き合ってやるよな」
こっちは陣内。
「ん?俺は楽しいけど?」
「図書館で一緒にお勉強とか、やっぱあれか?テスト対策要員?」
……テスト対策要員? 聞き捨てならない。
俺の価値はノートだけなのか?そうなのか?飯田……。
いたたまれない気持ちになる俺の耳に、聞きなれたあのふわっとした声が届く。
「正直俺テストとかどうでもいい。んー。なんていうか、あいつなんかいいなって思って」
「……。」
……俺も一瞬思考停止した。
なんかいい?あんまりよく分からない理由だったけど、また左胸あたりにキた。
思わず3人の方を見やると、飯田はなんとも形容しがたい柔らかい顔をして笑ってた。
「ま、いーけど。次は付き合えよ。お前がいるといないとじゃ女の食い付きが違うからな」
理解できない、といった顔で、陣内と安藤は教室から出ていった。
「広野ー」
俺ははっとして我に返る。
「行こ」
飯田が出口のとこでヘラッと手招きしていた。
いつものように、図書館でノートのやり取りをする。ふと横をのぞくと、飯田は俺のノートを字面だけでなくレイアウトに至るまで忠実に写している。
「飯田、なんかこだわりあんのか?」
「何が?」
「ノート、行間とかまで完コピじゃん。そこまでしなくても……」
「ん。……こだわりっちゃ、こだわりかな」
「なんのこだわりがあんだ?」
「俺さ。お前のノート、ノートに終わらずっていうか……なんかもうアート?見た目で脳に焼き付くんだよな。それってすごいって思って。すげープレゼン能力じゃん」
「はぁ?」
「俺もそんなふうに表現できたらいいなってさ。で、こだわってんの」
誉められたんだよな?なんか照れ臭くて、返事が遅れた。
で、タイミング逃してスルーしてしまった。
しばらくノート写し、見直しと各々作業していたが、突然飯田がばたっと机に伏せた。
「はー。午後体育のせいかなぁ……。やたら眠い!」
「……確かに今日は暑かったし疲れたな。ちょっと寝たら?少ししたら起こしてやるよ」
「ホント?助かるー。んじゃ」
おやすみ、と手を振って、飯田はそのまま机に伏せて目を閉じた。
俺の方に顔を向けて。
2、3分もしないうちに飯田は落ちたようだった。安らかな寝息が聞こえる。これで大イビキかきやがったら、図書館という場所柄、速攻で叩き起こしてやるんだが。
あまりに無防備な寝姿に、俺はクスッと笑った。
……てか、まつ毛長。改めて見るときれーな顔してんな……。
いかんいかん!ヤローの寝顔に見とれてどうする!
結局飯田は、俺が起こすまでもなく20分ほどで勝手に目を覚ました。
びっくりするほど寝起きも良かった。
「俺、なんか寝言言ってなかったー?」
「別に。夢でも見た?」
「ん、言ってなかったなら良いや」
「なんだよ。どんな夢だよ?」
「……お前が」
「俺?」
「出てきた、それだけ、おしまい!」
「はぁ?気になるじゃん!」
「……気にしてろよ」
とまぁ、そんなやり取りをしつつ図書館を後にした。
テストまで、あと1週間。飯田も俺も、これといって特別なテスト勉強してないけどこれで良いのかな?
「順位表出てるぞ」
渡部に言われて、俺は職員室前に急いだ。
すでに掲示板の回りには人垣ができていて、生徒たちが一喜一憂していた。
俺はこれまで学年200人のうちで真ん中にいれば良い方、大体が中の下あたりだったので、90番台から下に向かって自分の名前を探していた。
「……ないし。どこだ?」
さすがにおかしい。150番まで来たけど、見当たらない。
そんなに下にいるはずはないが、と今度は上に向かって探し始める。
「……あった!……ってマジで?」
54位 広野拓海
マジで?信じられなかった。
これはもう、飯田にノート貸し始めてから俺に良い影響が出た、としか思えなかった。
「……っそうだ!飯田……」
「うっそ!」
12位 飯田正成
……あいつ、頭良かったんだな。
なのに俺のノート写したりなんか……。もしかしてそんな必要なかったんじゃ……?
俺はため息をついた。
「ひーろーのっ」
人垣の向こう側で、ため息の原因の張本人が手をぶんぶん振っている。
飯田はこっちに駆け寄ってくる。めっちゃ笑顔だ。
その笑顔、女子に向けろよな。殺傷能力高いぞ。
「見てよ!12位だって!お前のおかげ!」
興奮ぎみに飯田が言う。
「……お前がもともと頭良かっただけだろ」
「いーや!絶対広野サマのおかげだって!俺、テスト中にお前のノート丸ごと頭に浮かんでたもん」
……もんって。
まぁいいか。飯田の好成績に、俺が貢献できたのなら。