ムーンライト パレード

14



突然、身体がぐらっと傾いたかと思うと、あいつに抱き締められていた。
俺より少し背の高いあいつにギュッと抱き締められ、俺は肩口に顔を埋めた。涙が飯田のシャツを濡らしてるはずだ。

「……広野。ごめんな……」

切なそうに、飯田が言う。
……それ、なんのごめんだよ?
ごめんな、キスなんかして……、か?
ごめんな、俺は別に好きじゃない……、か?
ごめんな、急にいなくなって……、か?

「……なんで謝る?」
「……泣かせて、ごめん。俺はお前の笑った顔が好きだったのに……」
「……顔かよっ。……てか過去形?」

顔を埋めたままで、不機嫌に抗議する。
「……好きだよ。現在進行形で、好きだ。俺も広野のこと、忘れられなかった。ずっと好きだったんだ。……でも、俺はゲイだけどお前はノンケで……。叶うわけないって思ってた。好きだなんて、言うつもりはなかったんだ」

ノンケ……ストレートってことか。
たしかに、俺はそうだったけど……。

「……そういうの関係なく、飯田が好きになってたんだ。曖昧なキスなんかされて、俺がどんだけ振り回されたか……」
「……それはごめん。あのときは本当に魔が差したというか……。っもちろん、お前のこと好きだったんだけど、気がついたらしてたっていうか……」

話しているうちに、少し落ち着いてきたので、顔を上げる。
涙でぐちゃぐちゃだが、今は飯田の顔を見ていたい。

「満月だし、お前のこと思ってここに来てみたんだ」

飯田がやっと、いつものふわっとした調子に戻って微笑んだ。

「会いたかった……」

今度は包むように緩く、抱き締められた。

「好きだ……拓海……」

2度目のキスは、潮の味がした。幾度かついばんでは離れる。
俺はゆっくりとあいつの背中に手を回し、目を閉じた。

あんなに焦がれた飯田がそばにいる。
なんだこれ。幸せすぎて、夢みたいだ。
俺たちは海中にいることも忘れて、長い間、お互いの気持ちを確かめ合った。

「……どーする、これ?」

長いキスのあと、ふいに気恥ずかしくなってしまった俺は、現実に戻って言った。
二人とも、下半身はびしょ濡れだ。

「……どっかで乾かすか?」

飯田も我に返ったみたいだ。

「家帰った方が、早くね?」
「親になんて言うんだ?」
「てか、飯田はこっち帰ってきたって、どこ住んでんの?」
「言ってなかったっけ?じいちゃんち。高校のときも、そっから通ってた」

訳ありだったもんな。

「……そっか。ま、とりあえず、上がろうぜ。うちに帰るにしても、このまま電車には乗れねーし」
「……だな。しばらく自然に乾かすか」

俺たちは笑い合いながら、浜辺へ戻った。
本当は砂浜に座って、あのキャンプの夜みたいに海を眺めていたかったが、濡れたズボンが砂まみれになってしまうので、コンクリートの階段に腰かけた。ここからでも、十分海は見える。

飯田が、カバンからポータブルプレイヤーを取りだし、イヤホンの片方を俺に手渡した。再生ボタンを押す音とともに、あの曲が流れ出す。
俺も海に来るときは必ず持ってきていたんだけど、今日はあまりに焦ったせいで、忘れてきてしまった。
かえって良かった。もし持ってきていたら、今ごろ水没して別の意味で涙目だったろう。携帯が防水タイプで本当に良かった。
財布は……。あとで中身を乾かそう。洗濯してしまったと思えばいい。

「思い出すな……」

しみじみと言ってみる。

「あのときの気持ちが、戻ってくるみたいだ」

ちょっと切なくなりながら飯田を見やると、あいつは柔らかく微笑んだ。
本当に愛しいものを見るように……。

曲が終わり、飯田が自分のと俺のイヤホンを外す。
耳に少し触れる指が、くすぐったい。

「……まだ月がきれいだな」

右隣から、飯田のふわっとした声が聞こえる。

「またお前と見られて良かった」

隣にいる飯田を感じながら微笑み、素直に言う。

「もう勝手にいなくなるなよ」
「……うん」
「そばにいろよ。……物理的に無理でも、気持ちはそばにいてくれよ。……俺はもう」

愛しい飯田の顔を見ながら、言う。

「お前がいないなんて、無理」

飯田の砂まじりの左手が、俺の右手に重なる。

「……いるよ。ずっと。俺はお前のもんだ、拓海」


俺たちには、まだまだやらなきゃいけないことが山積みで。俺には俺の、飯田には飯田の人生がある。
でも、これからの未来を、愛しい人と、気持ちを寄り添わせて進めたら……。

もう、何もいらない。

あいつの体温を感じながら、俺は静かに目を閉じ、幸せに浸った。



思い出すのは、いつも。
――あの夏。
思い描くのは。
あいつといる、未来。




END




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