ムーンライト パレード

13



駅まで小走りで急ぐ。
まだ空はうす明るいが、月はくっきり見えている。
電車に乗り、2駅。いつもの海辺の駅に降り立つ。
また今年も、夏の間中通うことになるんだ。そんなことを考えながら、浜辺のあの場所を目指して歩く。

砂がシャクシャク音を立てる。
キャンプ帰りでビーサンのままだったが、むしろ正解だったな……。
俺はひとり微笑みながら、砂を軋ませて歩いた。潮を含んでベタついたぬるい風も、身体になじんで心地よい。帰ってきた……って感じるな。

今年は来れたけど、来年からはどうなるんだろうか。
一応就職ではなく、院に進もうと思っている。研究者になりたい、という思いはずっと変わらない。 大学生でなくなったら、今のような確約された夏休みはなくなるし、海通いも今年で最後になるかもな……。
そんなことを考えながら、いつもの定位置に腰掛けた。

俺は、目を閉じた。
ザザ…ザザ…
潮騒が、耳をかすめる。
ゆっくりと息を吸い込み、潮のにおいを胸に入れる。
……生き返るみたいだ。
俺じゃない俺が、俺の日常を過ごしていて、本当の俺が戻ってくる。そんな感覚。

音とにおいで海を堪能し、すっかり自分を取り戻した俺は、おもむろに目を開けた。
光が、飛び込んでくる。
目の前に広がるどこまでも暗く黒い海に、落ちる月の光。

「光の道だ……」

俺は、立ち上がった。
海辺へ向かって、吸い寄せられるように歩く。

「きれいだ……」

これまでも何回か満月の夜に海を見に来ていたが、こんなに美しい夜は初めてだった。
昼間の天候やその他いろいろ、偶然が重なっているのかもしれない。
真っ黒な海と、限りなく黒に近い濃紺の空。そのどちらもが、まるで相容れないほどクリアなのに、交じり合う水平線は月光でぼんやりと明るい。
そこから続く光の道。揺れながら、漂いながら、キラキラ光る水面が連なり、さながら光のパレードだ。

自然の美って、こういうものなんだろうな……。
俺は、ため息をついた。
……あいつと、見たかったな。なぜか素直にそう思えた。

俺は一歩踏み出した。まっすぐ続く、光の道を目指して。
水平線に向かって行進する、眩しい漣たちに導かれるように。

夜の海の冷たさに、一瞬怯んだ。が、俺は、遠くを見つめながら歩を進めた。頭の隅の方では、この浜はかなりの遠浅だったからまだまだ行けるな、とか、真っ暗だし何か踏むと痛いから、ビーサン履いたままで良かったな、とか、冷静に考えながら。ゆっくり、ゆっくり、前に進んでいく。
海水が膝あたりまできたとき、背後で誰かが叫んだ。

「おーいっ……早まるなっ!」

俺は一瞬立ち止まり、冷静に考える。

……そうか、このシチュエーションはあれだな。まるで入水自殺だ。
全くその気はなかったので可笑しくなってしまい、うっすら微笑みながら振り返った。

そこに、俺は見た。

あんなに会いたかった、あいつの姿を。

「……幻?」

あー俺、その気もないのにマジで入水自殺しちゃったのかな……。
見えないはずのものが見えるなんて。

振り返った俺の顔を見たあいつが、驚いたように何か叫んでこっちに向かって走ってくる。
……うわーこれって、幻じゃないなら都合いい夢かもな。
ありえねー。本当に起きてんのか、俺?夜だし、白昼夢もないだろうに……。

「……広野っ!」

バシャバシャと水を掻き分ける音とともに、間違いなくあいつの声が聞こえた。

「……マジで?飯田?」
「なっ……にやっ……てんだよっ!」
「夢?てか、俺、死んだ?」
「死にてぇのかっ?」

俺のそばにたどり着いた飯田が、俺の腕をひっつかんだ。

「なんでここに……」
「軽々しく死のうとか考えてんじゃねーよ!アホか!」
「いや、全くそのつもりはないんだけど……」
「……は?じゃ、なにやってんだよ?夜の海に服来たままとか、どう見たって正気の沙汰じゃねーぞ!」

飯田にしては珍しく、焦ったような早口だ。

「正気の沙汰か……。たしかにある意味正気じゃなかったかもな」
「どういうこと?」
「……見ろよ。光の道。ありえねーくらい、きれいだ」

飯田が、絶句する。
それからつかんでいた俺の腕を放し、眉を寄せて笑った。

「お前は……全く……」

俺たちはしばらく海中に並んで突っ立って、水平線の方を眺めていた。
はっ……、と我に返る。

「そ、そう言えばお前、なんでいるんだ?霊体験か幻かと思ったじゃないか!」
「なんだよそりゃ……。見て触りゃ実体ってわかんだろ。留学終わって帰ってきたんだよ」
「……で、なんでここに?」
「広野こそ……」

飯田が言い淀む。
俺もなんとなく理由を言いにくくて、口をつぐんでしまった。

でも。
今、伝えなきゃいけない。今度は、諦めない。
俺はすぅっと息を吸い込みゆっくり吐き出すと、まっすぐに飯田の瞳を見た。

「毎年、来てるんだ。」

思いの外、しっかりとした声が出た。

「俺、東京の大学行ってて向こうに住んでるんだけど、毎年夏休みはこっち帰ってて。夜の海はよく来てる。今日は満月だから絶対外せないって、超焦って帰ってきたんだ」

息継ぎなしに一気に言う。
飯田は、真剣な顔をして、聞いている。
俺はまた、息をゆっくり吸い込んだ。

「……忘れられなかったんだ」
「……」
「お前と見た光の道が忘れられなくて、満月の夜は必ず来てた。たまたま今日は特別きれいで、お前のこと思い出して、それで吸い込まれるみたいに海に入ってた」

月光に照らされた、飯田の瞳が黒く光っている。

「……違う、忘れられなかったのはお前のことだよ。ずっと後悔してたんだ。あのとき、何も言わずにお前を行かせてしまったことを……」

早口で言いきると、見つめていた飯田の瞳がぼやけてきた。
この歳で泣くなんて、俺はどうかしてる。

「……俺は、お前が好きだったんだ。お前がゲイだって知る前から。カムアウトされたって、キスされたって、気持ち悪くなんかなかった」
「……マジで?」

やっと飯田が口を開いた。
もはや涙でぐちゃぐちゃの俺は、自暴自棄ぎみにぶちまける。

「どこにも行くなよ!俺を置いて行くな!……まだ好きなんだよ。悪いかよ。何年経っても未練タラタラなんだよっ」



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