ナイト アンド ミュージック

01




1.クラブナイト


タバコの煙が、目にしみる。
三歩先の会話は全く聞こえないほど騒然とした店の隅っこで、ジントニックを舐めながら、グラスを持つ指先でリズムをとる。
……知ってる曲だ。

「……なんだっけかな」

思わず声に出てしまったが、喧騒の中誰かに聞こえるはずもない。

「MUJIRENlの2枚目じゃない?」

声がして振り返ると、見慣れた顔があった。

「……カナタ、もう来てたの?」
「ん。ミツ、早く来るかなぁと思って」
「当たり。週末だからね。もったいないじゃん」

今晩は、本当に客が多い。

「ミツ、少し踊る?」
「俺はいーよ。カナタ行ってきたら?」

俺の言葉に少し首を傾けながら軽く片手を挙げ、カナタはフロアに出ていった。



週末の夜。
普段あまり外に出ない俺たちが、唯一積極的に遊ぶ場所。

このクラブは、純粋に音楽を楽しむ客が多くて、気に入っていた。
DJの選曲も、流行りのものばかりでなく、新旧織りまぜて良質で、耳触りが良い。
やたら露出の多い女の子や、そのナンパ目的のチャラい野郎が多いクラブはごめんだ。見ているだけで、疲れる。

カナタとは、このクラブで出会った。もう2年も前になる。
あいつも俺と同じように、踊りに来ているというよりは、隅っこに座ってグラスを片手に音楽に耳を傾けていた。
なんとなく、同じにおいがして、声をかけてみたのは、初めてカナタを見掛けてから3回目の週末。

俺が誰かに声をかけたのは、初めてだった。
前も来てたよね?と言うと、あいつは笑って、俺が見てたことに気づいてた、と言った。
話してみると、音楽の趣味が合うことがわかったので、それからちょくちょく二人でレコード屋めぐりをするようになった。

昼間は、俺もカナタも、バイトをしている。俺はカフェ店員、カナタは花屋だ。
俺がバイト先を決めたのも、客として通ってたそのカフェの選曲がイケてたから。
バイト募集していると知ってから、すぐに面接を受け、採用されてから、3年になる。
今では、店の選曲も任せてもらっている。自分好みの音楽に包まれて仕事できるなんて、至福の時間だ。

出不精の俺が、カフェに出入りしていたのは、当時の彼女がカフェ通いにハマってたから。
あの頃は彼女もいたなぁなんて、思い出す。

わりと小綺麗なカッコをしてるせいで、俺は女の子には苦労しなかった。それも、オシャレな女の子が多く、男友達にうらやましがられたりもした。
でも、そのカフェ通いの彼女以来、特定の相手はいない。

正直、面倒くさいんだ。オシャレで、空気が読めて、一歩引いたお付き合いのできる子でも、女は女なんだ。
イベントはこなさなきゃいけないし、連絡もしなきゃいけない。何よりマメに「好きだ」とか「愛してる」とか言わなきゃいけないのが、つらかった。
そこまでの気持ちはないのに。

23で枯れてんなよ、と男友達には言われたが、面倒くさいものは面倒くさい。
毎週末、彼女が来て泊まっていく、そう思うと木曜日には憂鬱になった。

泊まっていくからにはセックスしなきゃいけなくて、その義務感に鬱々とした。
女の子の柔らかい肌は嫌いではなかったが、長い時間かけての愛撫とか、顔を見てキスをして睦言まで囁かなければいけない行為に、うんざりしていた。

せっかくの週末をそんな行為のために空けておくなんて、もうこりごりだ。
俺はただ、大好きな音楽と美味しいアルコール、寂しくない程度の人間関係があれば、それで良いんだ。

そう思っていたのに。

俺がクラブで声をかけてから1週間後には、カナタはうちに出入りするようになった。
週の半分は、うちにいるんじゃないかと思う。
寂しくない程度が良いなんて聞いて呆れるが、それだけ一緒に居てもカナタは全く気にならない相手だった。

バイト終わってからレコード屋めぐりして、お互いに掘り出し物を見つけては俺の家に持ち帰り、二人で聞く。
ボトルのジンをジュースで割り、それを片手に俺はベッドの上、カナタは床に敷いたラグに胡座をかく。
眠くなったら、いつのまにか寝てることもあった。

好きなものだけに囲まれた生活。

カナタは、将来花屋をやりたいんだそうだ。それで、バイト先が花屋。
今は勉強のつもり、とあいつは言う。

中性的な容姿でオシャレなカナタは、たまに雑誌のスナップにと声をかけられる。
店の手前、断るわけにもいかず、というかすでに看板娘(息子か?)状態で、写真は雑誌に掲載され、花屋の集客につながっていた。

俺もどちらかと言えば中性的、女顔とよく言われる。
体格も服装の好みも似ていた俺たちは、一緒にいると後ろ姿では区別がつかない、と言われたこともあった。
見た目も中身も似た者同士、というわけでなのか、俺たちの関係はうまくいっていた。



曲は、ジャズのスタンダードナンバーをアレンジしたものに変わっていた。
涼しげなビブラフォンの音が、夏に合う。

やっぱ、趣味がいいな。
俺は、ターンテーブルに向かうDJのコマさんを見やった。

「……ミツ」

カナタがフロアから戻ってきた。

「おかえり。暑くなかった?」
「あちーよ。なんで今晩はこんなに人が多いんだろうな」
「夏休み入ったからじゃね?高校生とかいそうだし……」
「だな。なんか客層若いよな。どうする?」
「出るか」

俺は空のグラスをカウンターに戻し、カナタと連れ立って店を出た。
重い扉を開けると、夏の夜の湿った空気が、むわんと入りこんできた。



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