ナイト アンド ミュージック

15


15. ナイト アンド ミュージック ――sideカナタ

夜が来る。
都会の夜は、独特な雰囲気に満ちている。

雑多な人の波。
一日を過ごした後、濃くなった体臭が混ざり合い、もう冬なのにむせかえるような湿っぽさを感じる。外はキンと冷えた冬の空気が、むしろ爽快ですらあるのに。

喧騒。軽い笑い声と流れ続ける音楽。
一日の終わりに、そんなに話したいことが沢山あるなんて、幸せなことだと思う。

疲れていたり、投げやりだってたり。気だるそうに壁にもたれていたとしても、そういうマイナスの空気は、ここにはない。何かを期待している人の、前向きな活気がある。
カウンターにもたれ、店内を見渡しながら、そんなことを考えていた。

「……カナタ、次何飲む?」

隣で同じようにカウンターにもたれていたミツが、空のグラスを振りながら聞く。

「んー。同じのでいい」
「わかった」

軽く微笑んで、バーテンダーに声をかけるミツを眺める。
冬に入る前、緩いパーマをかけたミツ。ふわふわの頭が暖かそうだ。
注文し終わったミツの頭に手を伸ばし、引き寄せて額にキスをした。

「も……カナタっ」

少し抵抗されたが、そんなに嫌そうではない。
都会の夜には、俺たちみたいな同性カップルは珍しくない。俺たちも、ここではほぼ公認になっていて、キスくらいでは誰も驚いてくれない。
それでもミツは、まだまだ照れる様子を見せる。それもまた、可愛いと思う俺は、重症だ。

ミツと気持ちが通じ合ってから、ますますミツを愛しいと思うようになった。
外でちょっかい出すと恥ずかしがるけど、二人のときは意外に素直に応えてくれるとことか。
ワガママな女王様みたいだと思ってたのに、意外と俺に合わせてくれるとことか。
……夜は可愛い声を聞かせてくれるとことか。
生活の基本はブレないけど、そのちょっとした変化が恋人っぽくて、俺を満たしてくれていた。

ドライなミツの不器用な愛情表現も、あいつにとっては最大級の愛し方だってわかる。
まったり過ぎていく時間の中で、俺はしみじみと幸せを感じていた。

カウンターにもたれ、隣で指で軽くリズムをとるミツを眺める。伏せ気味の長い睫毛が、ライトに照らされて頬に影をつくっている。
その造形美を堪能していると、曲が変わった。
そろそろグラスも空になる。ゆるいAORには何が合うだろうか。

「カナタ、俺ちょっとブース行ってくる」

ミツがカウンターを離れた。
DJのコマさんは実は俺たちのキューピッドなのだとミツが言っていたから、報告にでも行くのだろう。まぁ、ここの常連はみんな知ってるんだから、改めて報告するまでもないだろうけど……。意外に義理がたいな。

DJブースで、コマさんと話すミツ。
……あ、頭撫でられてる。
あの頭は俺でなくても触りたくなるよな。ふわふわで、愛玩動物みたいで。

俺のなのに……。
軽く嫉妬しなくもなかったが、ミツの反応が薄いことを確認して満足する。
ミツが応えるのは俺だけ。
二人きりになったら、しっかり抱き締めよう。あの髪に触れて、たくさんキスをして……。

無意識に、ポケットの中のイルカに触れた。幸せのドルフィンリングは効果絶大だ。
……今度ミツにも買ってあげよう。お揃いなんて、嫌がるかな。
たとえ永遠を約束してくれなくても、ゆったりと続く平穏で幸せな毎日があれば、それでいい。

俺たちの日常は、相変わらずだ。
昼間はお互いバイトに行き、夜は一つの家に帰る。
寄り添い合って眠り、朝を迎える。夜の営みでたまに抱き合ったりもするが、あまり挿入はしない。
気持ちが深く繋がってると、それだけで安心っていうか……。
あれだけミツを全て手に入れたいと、気が狂いそうだったのが嘘のように、心が穏やかだ。
俺もミツも、お互いが居ればそれだけでいいって思ってる。

似た者同士な俺たち。
寝食も、趣味も、快楽も共にする。
ただそれだけが、至高の幸せ。

それだけ……?じゃない。

週末。
流れる良質の音楽に、身を任せて漂う時間。
もちろん二人で……。
都会の夜は、更けてゆく。



END



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