飲みサーの姫
01
女同士の会話は、何気にゲスいし、エグい。
「うわ、徳丸(とくまる)またやってるよー」
「マジかー相変わらず軽いなー」
「人選んでないよね?」
「基本ブスなのになんだろね? やたらモテんの……」
「あー見えてアッチが上手いって聞いたよ?」
「誰にだよ」
「ていうか、ブスかわなんじゃね?」
「ウケる〜」
すっかり聞き慣れたけれど、それでも聞き捨てならない耳障りな会話だ。
こいつらの視線の先にいるのは、身長165アンダー、細マッチョ、明るめにカラーリングした横流しのツーブロで三白眼、普段は塩だけど笑うと八重歯が可愛い俺の相棒だ。
「ちょ、お前ら!俺の徳丸に何言ってくれちゃってんのー?」
お前らこそリアルブスのくせに。
これは後々の人間関係を考えて飲み込んでおいた。
こいつら、同じサークルの奴らだし。
「……すわっち、聞いてたの?」
「聞いてたも何も、声でけーんだよ」
「ていうかその『俺の』ってのやめてくんない? すわっちが言うとなんか生々しいわ」
「いいじゃん、俺のなんだから」
「今さらファッションホモとか無理だから。あんたらオンナ食い過ぎだし」
「安心しろ、お前らは食わねーし」
「すわっちってさ、可愛い顔して言うよね〜」
「それ、お礼言ったほうがいい?」
笑いながら、後ろを返り見る。そこら中の奴らの首根っこひっ捕まえては、唇を奪って回る俺の相方、 徳丸。ギャーだとかキャーだとか、いろんな色の嬌声が響いている。
男女構わずだとトラブルになりかねないが、徳丸は、ひどい酔っ払いのくせに、ちゃんと男を選んでそれをやっている。しかも、奪われた方も、表面上嫌がるそぶりをしているけれど、まんざらでもなさそうだ。我がサークル『マーケティング研究会』の飲み会では、見慣れた光景。
確かに徳丸は、身長も低ければ整った顔もしていない。分類学的に言えばブスの範囲に入るのかもしれない。けれど、性別を問わずやたらとモテる。俺なりに分析すると、仕草がこなれてるとか、センスがいいとか、いわゆる雰囲気イケメンてやつなんだろう。
うっしゃ、と立ち上がる。
「とーくまる! 俺もまぜてー」
人の輪に飛び込んで行くと、いつもどおり外野から大反響をいただいた。
「すわっち、待ってた〜」
「ひゅーっ!すーわにゃーん!」
声をかけた相方はと言えば、目だけニヤリと俺を見るだけ。
今日は釣れないな。
自分で言うのもなんだけど、見た目で言えば、徳丸より俺の方が断然イケてる。女の子より可愛いと言われる顔立ちも、5センチほど高い身長も、バランス的な足の長さも。それでも、なぜかこいつには勝てる気がしない。周りの評価は知らないけれど。だから俺は、俺の武器を使う。
「……そこら辺の女よりすわっちだろ?」
「だよな? 別にホモじゃねーけど、すわっちは別腹」
「待ってた!マー研の姫〜!」
担いでくれるサークル仲間に、ウインクを送る。
「さんきゅ、お前ら愛してるし〜」
どれだけチートだと言われても、俺はそれを活かして人生を楽しんでいる。
お、空いてる。
同サーで一番身長の高い、金髪の一際目立つ男にもたれかかると、その首にゆっくりと腕を回した。
「織田(おだ)〜あーそぼ!」
「ん、来いよ」
いつものノリで見つめ合って、軽くおでこにキス。
俺のこういうところに軽く乗っかってくれるから、織田はいい。
サークルの奴らは、またかって顔で見守る体制だけど、本日お招きしたD女子大の子達からは、悲鳴が上がった。さっき徳丸もやってたじゃん。
盛り上げるためのスパイスには、ファッションホモも悪くないと思うんだ。
「ごめんね〜徳丸とすわっちはさ、ただのキス魔だから気にしないで〜」
「え〜やだぁ〜」
俺らをネタに、他校の女の子と盛り上がろうとするサークル仲間を尻目に、織田の肩を叩いて囁いた。
「毎度お付き合いありがと」
くすぐったそうに肩をすくめた織田は、切れ長の目を細めて微笑んだ。
「どういたしまして。……あっち行ったぜ?」
徳丸のことだ。
「知ってる。そろそろ的絞んないとだしね」
「早いな、今日はアレやんねーの?」
「知んね。それが気分なんじゃない?」
「で、お前は絞ったのか?」
「まだー。てか織田はこういうとこ、ほんと真面目だよね? いくらでも行けそうなのに」
「まーね。彼女いるしな。いいな、フリーは。自由過ぎて刺されんなよ?」
「刺されそうになったら助け求めるわ」
「やめろ。巻き込まれたくねえ」
笑って織田から離れる。
そうそう、最終成果を上げるためにも、そろそろちゃんと女の子とお話しとかなきゃな。
「おーすわっち、そろそろ?」
「もうそんな時間?」
「なになに、何が始まんの?」
女の子多めの輪に混じると、同サーの野郎にいつもの催促をされた。
って言われても、俺一人じゃな。共同作業だし。
「はーい皆さん、注目〜! 本日の〜メインイベント〜!」
ざわめいていた場がしんとする。
「ほら、徳丸」
勝手に仕切り始めたそいつの声に従って、どこからか相方が顔を出した。
「……ったく仕方ねーな」
「も〜欲しがり屋さん!」
仕切り屋に一声かけて、徳丸と視線を交わした。
「……キャーーーッ!!」
悲鳴の中でお互いの唇を貪り合う。俺もこいつも慣れたもんだ。
体感しているそれとは別の、注目の的になる快感に、酔いしれる。
「は……」
接触点が離れる一瞬の寂しさを埋めるために、視線は絡ませたままで行為を終えると、オーディエンスから、ため息が漏れた。
「さ、余興はおしまーい!」
切り替えの口調はあっさりと。これ以上は過剰サービスになってしまう。
これまたあっさりと部屋を出て行く徳丸の背中を見送り、ひと息ついた。
さあ、そろそろ今夜のターゲットを狩りに行く時間だ。
さっきまで徳丸が居た輪の中に目を向ける。今夜こいつはきっと、この中から選ぶはずだ。
タバコの匂いが鼻をかすめた。カラーの繰り返しすぎで色素の薄くなった毛先が、ふわり目の前を横切る。
「……俺あの魚眼行くわ。お前は大根の方行けよ」
「りょー」
耳元でそう言い残して徳丸は立った。ヤツが微かに顎を向けた2人に目を向ける。
相変わらずのひっでー表現だわ、と苦笑いしながらも、俺にしか聞こえなかったからいいかと思い直す。
「ねぇ、飲んでる〜?」
両手に瓶ビールを持って、輪に混ざる。女の子たちのグラスに、いささか泡の抜けた金色の液体を注ぎ、かんぱーいと言ったところで、しれっと相方が寄ってきた。
「……シクるなよ?」
「誰だと思ってんのー?」
魚眼と大根ね。なるほど。
2人とも、その輪の中では可愛い部類の子なんだけど、徳丸が女の子を可愛いと表現したことはない。それにしても言い得て妙だ。目のクリッとした子は徳丸の好み。色白ぽっちゃりは俺の好み。ロックオンしたからには、逃さない。
「二次会、どこ行こっか?」
色白の肩を抱いて、まわりに聞こえない音量で囁く。
ダイレクトなお誘いなら躊躇うそぶりを見せることもあるだろうけど「二次会」だし、さっきまで輪の中心にいた俺からの誘いを断る女の子なんていない。
「どこにするぅ?」
上目遣いの瞳が、アルコールのおかげで潤んでいる。イッツオーライ。
一応お伺いを立ててはみたけれど、行く先は最初から決まってる。
店を出て、集団の喧騒から少し離脱。
出たところで、織田が意味深な笑顔を寄越した以外、誰にも気づかれることはなかった。みんないい感じに酒が入っているから、注意力散漫なんだろう。
角を曲がって、同じように女の子を連れて佇む徳丸と合流する。
「よーし、出発!」
縺れ合いながら4人で二次会会場に向かうと見せかけてのお持ち帰りだ。道中の話術には神経を使うけれど、収穫の喜びには勝てない。つくづく、男って狩人だなって思う。
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