飲みサーの姫
02
同じ建物の違う部屋。何が行われたのかは、お互い分かっているけれど、詳しくは知らない。
アウトの時間だけは別々だ。淡々とタクシーに乗せて、形だけの「またね」。
甘い空気は朝まで持ち越さないのが流儀だ。勘違いされちゃ困る。
あれは一夜の夢。いい夢見られるかどうかは、それこそケースバイケースだけれど。
ひとりになったところで、ふぅ、とため息をつく。今夜はじめて、疲れを感じた。
誰に気を使うこともないので、ここからの夜道は、いつも歩くことにしている。
カンカン音を立てて2階までの階段を上がり、見慣れたドアの前で、いま何時かなんて気にせずボタンを押す。居なかったら諦めて、深夜営業のカフェで夜明けのコーヒーでも……って思いながら、でも居なかった試しはない。
ガチャッと鍵の音がしてドアが開いた。
「……ん」
「寝てた?」
「いや。映画観てた」
「なんの?」
「いっしょ観る?」
「あー……うん」
なんの映画なのか、それに対する返事はない。けれど、特に気にもならない。
躊躇いなく上がり込んで荷物を置き、さっさと上着とズボンを脱いで家主と同じ姿になる。
ベッドに寝転がる相手の足元に腰掛けると、安いスプリングがギシリ鳴った。
「おもしろいの、これ」
「さーな。眺めてるだけ」
「眠たくなりそ」
「寝れば?」
「なったらね」
淡々とした会話。電気を消した暗い部屋の壁に投影される映像は、この時間だけあってR指定もののようだ。
映画を観に来たわけじゃない。かと言って、他に何かやりたいことがあるわけでもない。
でも俺は、ここに来なければ、この夜を終われない。
「徳丸、お腹いっぱい?」
「……別腹は空いてる」
「俺もー」
言いながらどさりとベッドに倒れこんだ。
「こんな時間に食べちゃうと消化不良んなるかもよ?」
「大丈夫。俺の体液、胃腸薬成分入ってるから」
「ぶはっ!話になんねー……」
吹き出した俺を、クスクス笑う相方。その唇を唇で塞ぐ。
「食ったもん出さないでね?」
「魚?」
「目ん玉」
くっは、と破顔した首根っこにかぶりつくように、スタートを切った。
物足りない。
女の子じゃ、物足りない。
「諏訪、痛いし」
「ごめん、微調整不可能なの、アルコールのせいで」
「嘘つけ、ドS」
「ありがとう」
「……っ、諏訪ってば」
俺のこと「諏訪」って呼ぶの、こいつだけだ。
他のみんなは親しみを込めていろんな相性で呼んでくれる。
徳丸だけは、最初からずっと、「諏訪」。乾いた声で。
そう呼ばれたときの真剣味がなんかいいって、俺は思ってる。本人の意図はどうであれ。
徳丸も俺も、どっちかと言えば下にまわるタイプに思われがちだ。ファッションホモ的に言えば。それにドSだって言われるのも普段は徳丸の方。俺は弄られキャラだから、どっちかと言うと被虐趣味だと思われている。
俺の下で眉を寄せる相方を、その瞬間は間違いなく可愛い思う。
サークルでは、俺が姫だ姫だって言われてるけれど、俺にとってはこの時のこいつこそが姫だ。
けれど、それはそれ、これはこれだっていう気持ちもどこかにあって……。
結局俺たちは、どっちつかずのまま、こんな名前のつかない関係を続けている。
「とくまる。寝た?」
「……まだ」
「おやすー」
「なんなんだよ」
「声」
「あ?」
「聞きたかっただけ」
「寝ろ」
「あーい」
中身のない会話。思考の必要のない会話。
意味のない行為。単なる上書き行為。
なんのため?
笑って気持ちよく明日を迎えるため、かな。
「とくまる」
「……寝てます」
「胃もたれは?」
「すっきり」
「俺も」
無くてはならない存在って、こういうことなのかもしれない。
「やっぱりシメはこれだね」
呟いたけれど、返事はなかった。
END
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