複数恋愛

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2章 喧騒の日曜日(Side光)


音信不通だった礼二から連絡が来たのは、金曜日の夜だった。

「結局、1週間か」

自室のベッドに寝転がり、誰に言うともなく吐き出した呟きは、向かいの壁に反射して自分の耳にダイレクトに響いた。
雅人も、リビングを隔てた彼の部屋で、尚宏さんと電話でもしている時間だろう。
同棲中の恋人同士には似つかわしくないのだが、俺たちはそれぞれ自室を持ち、基本的に夜は別々に眠る。一見すると、単なるルームシェアの関係だ。

ルールはひとつだけ。
この部屋に、情事の相手は連れ込まない。
仮にも恋人同士なのだ。ルールなんて作らなくても、連れ込みはしないけれど。
ベッドも別々、身体を繋げたこともない、脆弱な関係。
その関係の上にあっても、俺たちは恋人同士だ、ということを確認するためのルールに思えた。

礼二との約束は、たいてい日曜日。
今度の計画はどんな感じだろうと、電話越しの弾んだ空気に耳を澄ませる。

「久しぶりに車で出かけよう。うまいコロッケを食わせる店を見つけたんだ」

いつだって強引に、予定を提示してくる礼二。
一度だって、俺に「どこか行きたいところはあるか」「なにかしたいことはあるか」なんて、聞いてくれたことはない。
ただ、いつだって。
うどん屋めぐりのために、片道5時間かけて車を走らせたときだって。
昼間から生ビールを飲みながら、大声出して野球観戦したときだって。
ふらりと立ち寄った公衆浴場で、のぼせてしまって帰りが遅くなってしまったときだって。
楽しくて、楽しくて。
俺の生活に、華やかな色をくれる。それが、礼二だった。
礼二と過ごす日曜日は、俺の活力を全部持っていかれそうになるくらい、いつも刺激的で新しい発見に満ち溢れていた。

――礼二との出会い。
たまたま入ったバーのカウンターで隣り合わせたのがきっかけだった。
初対面からすぐに会話が弾んだ。
バーを経営していると言った礼二は、職業柄もあるのだろう、聞き上手であり、話し上手だった。
自分ではほとんどしゃべらず、相手の目を見て続きを促すように瞳で語る雅人とは違い、礼二は積極的に自分の話もしてくれた。

話の内容に引き込まれたのか、話術に取り込まれたのかはわからない。多分両方だろう。
話していくうち、お互い読書が好きで、ちょうど手持ちの文庫本が同じだということがわかった。
共通の趣味が判明し、ますます会話がはずんだのは言うまでもないが、たとえそれがなかったとしても、楽しい時間になったに違いない。
この街で出会う初対面の相手には、いつも警戒心の鉄条網を張り巡らせている俺が、一瞬も緊張することなく過ごせるなんて、奇跡に近い。そんな相手には出会ったことがなかった俺は、この出会いを大切にしたい、とすぐに思った。
意気投合して一緒に店を出た帰り道、連絡先を聞いた。そして、自分から言ったんだ。

「……また会いたい」

身体を求めるつもりは、さらさらなかったのに。
切れ長の瞳を細め、いたって軽い調子で、

「俺、男もいけんだわ」

そう言った礼二の、熱っぽい視線に負けた。
経験は決して少ないほうではなかった。
なのに俺は、どうやったら自分を印象深く刻みこめるのか、そんなことを考えながら、まるではじめてのように、礼二に必死にしがみついていた。

帰宅後、興奮してその晩の一部始終を語る俺に、雅人は、そんな光は見たことがない、と言った。
あまりにも珍しいことだったのだろう、後に礼二と付き合うことになった、と告げたとき、はじめからそうなる気がしてたよ、とも言われた。
たぶん、そうだ。
初対面から惹かれるってやつ。
見た目にやられたわけじゃないから、一目惚れとはちょっと違うのかもしれない。
それでも礼二は、初めて会ったあの日、確実に俺の中の何かを呼び起こしていった。

バーの経営者である礼二は、その職業によく似合う外見をしている。
長髪とまではいかないけれど、瞳にかかる長めの黒髪を遊ばせ、初めて会ったあの日は、モノトーンのタイトな服に身を包んでいた。
涼しげな切れ長の目元に、すっと通った鼻筋、薄い唇を持ち、笑わなければ冷たそうにも見える。
そんなクールな見た目に反して礼二は、とても社交的な性格で、明るく朗らかに笑い、人の目をまっすぐに見ながらよくしゃべった。
何度も言うけれど、見た目にやられたわけじゃない。
むしろ、そのクールな見た目と、中身のギャップにやられたのではないかと思う。
一晩でそれをはっきりと自覚させられるほど、礼二は魅力的だった。


*****

「うまいだろ?ここのコロッケ」

頬張った一口めを飲み下してから、礼二が聞いてくる。

「うん……。おいしい」

衣がカリカリで、中はホクホクのコロッケは、プレーンなひき肉入りのもの、チーズ入りのもの、カレー風味のものと3種類並んでいて、どれもとてもおいしかった。
肉屋の店頭で買い食いする揚げたてのコロッケも野性味あふれたおいしさがあるけれど、こうしてちゃんとした洋食屋で出されるやつは、それなりに繊細な食感と味わいがあった。
何より、向かいに座った礼二が、なんともおいしそうな顔をして食事をしている。それだけで、何倍も旨味が増す気がした。

礼二は正直だ。
おいしいものはおいしそうに食べるし、うれしいときは身体全体で表現する。
綺麗な女の子を見かけたら、すぐに「いいな」って言うし、声をかけることもある。
良くも悪くも、正直すぎるんだ。
正直過ぎて、嫌になる。

礼二は常に、数人の女の子を恋人として連れていた。
あらかじめ、俺は一人には絞らない、と宣言しているので、大きなトラブルになったことはなかったが。
付き合うにつれ、礼二の魅力の虜にされた女の子が、独占したいと言い出して別れの原因になることは多く、言い方は悪いけれど、女の子たちは常に回転している状態だった。

実際俺も、そんな女の子たちの気持ちはよくわかる。
礼二を独占したい。自分だけを見てほしい。そう思って泣いた夜は、数知れない。
だけど、わかったんだ。
俺だけを見てくれと、危険な賭けに出るよりは、このまま平気なふりをして傍にいる方が良いって。

何より、俺は男だ。
女好きなくせに礼二は、「俺、男もいけんだわ」なんて軽く言い放って、俺を抱いたけれど。
でも根本的には女の子の方が好きなんだろうし、礼二の恋人リストの中で、黒一点の俺が独占したがるのもおかしな話だ。

礼二、礼二、礼二。
どれだけ考えないように気をつけても、いつのまにか俺の頭の中に勝手に入り込んでくる。
生活の、すべてのシーンで、あいつを基準に動いている自分がいる。

――雅人といるときでさえ。



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