複数恋愛

03




*****

「何考えてるんだ?」

声をかけられて、ハッと顔を上げた。こちらを覗き込むようにしている黒い瞳とかち合う。
ここは礼二のRV車の中で、俺は助手席に座っている。

「……別に」
「そう?悩んでることがあるんだったら言えよ?」
「あ、うん」

一日ドライブを楽しんで、うまいコロッケも食べた。
秋の日はつるべ落とし、とはよく言ったもので、外はすっかり暗くなっている。
礼二が右側に車線を変更した。

「寄ってくだろ?」

俺の返事を待たずに、車はウインカーを点滅させた。

「うん……」

帰宅途中、街はずれにあるこのホテルは、俺たちの行きつけになっている。遠出をした帰りに寄ることもあれば、急に思い立ってその目的のためだけにここに向かうこともあった。
こういった種の建物にしては、比較的シンプルな外観と、余計なサービスがないところが、俺も礼二も気に入っていた。

先に礼二がシャワーを浴びる。準備の必要のない礼二は、いつでも簡単に短時間でそれを済ませる。
ぬれた頭をタオルで拭きながら、冷蔵庫から飲み物を取り出し、テレビをつけてからベッドに入る。

無言で入れ変わりにバスルームへ立つ。
男もイケるとはじめに言ってはいたけれど、女の子を相手にすることの多い礼二との行為では、俺がいつもネコになる。後ろを使う、というのは、やはりハードルが高いらしい。
俺としては……
礼二が俺で興奮してくれるのなら、立場などどちらでもいいのだけれど。

「なにか面白いテレビやってる?」

時間をかけてシャワーを浴び、準備万端整えて、礼二の待つベッドに向かう。誘われなくても、そうする。
恥ずかしいだとかそういう感情をにおわせる振る舞いは、女の子に任せておけばいい。
俺は男で、男の俺を礼二は抱く。
それだけはいつまでも意識していてほしいと、そう思っていた。



「……いい?」
「ん……」

声はなるべく殺す。
あえぎ声が聞きたければ、女の子に聞かせてもらえばいい。

「光、あんまりくちびる噛むなよ」
「……くっ」
「キスの感触が変わっちまうだろ?」
「……はぁっ」

言われて噛みしめていたくちびるを解放すれば、甘い吐息が漏れた。

「自由に感じろよ?」

背後から愛しい声が聞こえる。
わかっているんだ。礼二は自由を愛している。
感性でしゃべり、行動し、生きることを楽しんでいる。
そして、俺にもそれを求めている。
感じるままに、吐き出せ、と。

「れ……いじっ」
「なに?」

女の子みたいにあえぐのはごめんだが、期待に応えてやろうじゃないか。
思うままに。感じるままに。

「……好きだ」
「っ!」

吐き出したら、ほら、俺のなかでひとまわり大きくなった礼二を感じる。

「気持ちいい……もっとして」
「光……」

愛の言葉が返ってこないことには慣れている。ただ、俺を突き上げるスピードが増し、触れる身体の温度が上がる。礼二の中に火をつけることができたことに、俺はそっとほくそ笑む。

好きだ……。好きだよ、礼二。
四六時中そう言って困らせたいくらいには。



*****

音信不通になったあと、何事もなかったかのように、次の約束をとりつけるために連絡してくる礼二。
電話口では、罪悪感などまるで感じさせない明るい声色なのだが……。

――元気だったか?
待ち合わせ場所で俺の顔を見て、第一声とともに投げかけられる微笑みは、いつだって少しばかり翳り(かげり)を含んでいた。
礼二が何を思って、俺とのつながりを一時的に絶つのか。それは、2年の月日を経ても、いまだにわからない。

完全に切れるつもりはないんだ。
たとえるならば、そう。フックから外れたまま、ぶら下がっている受話器。
こちらの想いは聞こえているはずなのに、応答はない。かといって、通話を切られるわけでもない。

まただ……。俺はそのたびに、深いため息を吐く。
だけど、あきらめたくはないんだ。
向こう側で、礼二の気配を感じるうちは。
ひとりごとでもかまわない、と、俺は想いを伝え続ける。
しばらくすれば、その受話器を手に取ってもらえると信じたくて。

礼二がどのくらい俺を想ってくれているのかは、まるで測れない。ただ、音信不通になることはあっても、完全に連絡が途切れることはないし、二人で会っているときの礼二は、俺と同じように心底楽しんでいるように見える。
身体の触れあいも、はじめからずっと同じ熱さを保っていた。ちゃんと恋人同士をやれていることは、間違いないと思う。 他の女の子たちと同じ水準で見てもらえているのならば、まだよしとしなければならないのだろうか。

そういう俺だって、礼二のことを言えたぎりじゃないことくらい、よくわかっている。
俺にとって雅人の存在は、礼二とは全く別の次元で大切なものだ。
どちらも、愛。
狂おしく想う愛と、温かく包み込む愛。
ふたつとも欲しがり、手放せないことは、罪なのだろうか。
こんな罪深い俺だから、誰からも一筋に愛されないのだろうか。



*****

目一杯礼二と満喫した日曜日。
どんなに遅くなっても、眠るときには必ず自宅に帰る。
帰る家には雅人がいる。
ドアの隙間からもれる明かりの温かさに、いつも俺は安堵する。

「コーヒー飲む?」

返事も聞かずに差し出されたマグカップは、雅人と揃いのデザイン。引っ越し祝いに、礼二にもらった物だ。
恋人の同棲祝いと知っていて、ペアのマグカップをよこすだなんて……。
さすがに手渡されたときに、傷つかなかったと言えば嘘になる。何の罪悪感もちらつかせず、雅人と一緒に暮らすと、礼二に告げた自分は棚にあげて。

毎日使うカップを、あらためてゆっくりと眺めながら、礼二がこれを選んでいる光景を思い浮かべた。
きっとじっくり吟味したのだろうな。何を考えながら、これを選んだのだろう。
温かい陶器の肌を、手のひらで包み込むようにしてひとくち飲めば、かすかに甘い俺好みの味に、見つめた褐色が少しだけぼやけて見えた。



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