複数恋愛
05
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そんな俺たちに転機が訪れたのは、高校を卒業して3年目の初夏だった。
これといって特に就きたい職業もなかった俺は、卒業後すぐにフリーターとしてチェーン店のカレー屋で働き始めた。大きなトラブルを起こすこともなく、辞めたくなるような辛いできごとも特になかったので、淡々と勤めるうちに正社員にしてもらったのが20のとき。
対して雅人は、以前から好きだと言っていた絵の道に進むことになり、美大に通うようになっていた。
幸い、俺の職場も、雅人の大学も、お互いの実家から通える距離にあり、さすがに毎日会うことはできなくなっていたが、それでも週末には会うことができた。
カレー屋の正社員として、年上のバイトスタッフの教育に頭を悩ませたりしながら、やはり淡々と1年が過ぎた。雅人のほうも、課題をこなし、単位を取り、順調に学年を上げていた。
その週は、雅人がゼミの研修旅行で不在だった。
土曜日だった。
成人してから、たまに顔を出すようになった、なじみの街のバーで。
――俺は、礼二に出会った。
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「今夜は特別いいことでもあった?」
帰宅早々にそう雅人に聞かれるほどに、俺は浮かれた様子でいたのだろうか。
いつものように小首をかしげた優雅な仕草で、俺の話を聞く姿勢を見せる雅人に、なんのためらいもなく俺は話した。
その晩出会い、俺の中に深く印象を残した男のことを。
礼二とは、出会ってすぐに触れ合おうという気にはならなかった。話していくうち、彼が女性も抱ける両性愛者で、女性も、というかむしろ女性のほうが好みに合うのだということがわかり、不用意に手を出すべきではないと考えたからだ。
軽い気持ちで交わったあと、やっぱり女のほうがいいと思われるのが嫌だった。それで会えなくなるのは不本意だと、そう思えるほど、俺は出会った瞬間から礼二に傾倒していた。
だけど、礼二のほうはそうではなかったのかもしれない。
「俺、男もいけんだわ」
こんな場所に来ているくらいだからそんなことは周知の事実だったけれど、そう言いながら熱っぽい視線をこちらに向けられると、俺に抗う術なんてなかった。
女性を相手にすることのほうが多い礼二は、やはりタチなのだろうと勝手に考え、俺はその晩ネコになる決心をした。どちらでもいけるから、その点ではよかったのだけれど。
連れ立って入ったホテルの部屋で、身体をくまなく洗い準備をしながら俺は考えた。
――どうやったら、魅力的に映る?また会いたいと思ってもらえる?
「はじめてかもしれない」
興奮を隠そうともしない口調で、俺は雅人に礼二のことを語った。
「いや、はじめてなんだ。こんなに強く、また会いたいなんて思ったのは……」
もちろん、雅人にだって、同じようにまた会いたいとは思ったのだけれど。
「雅人とはちがうんだ。なんていうのかな、雅人には……、心が惹かれたんだ。共鳴するみたいにね」
「そう。俺も光には心で惹かれたから一緒だな」
優しくうなずく雅人。
全てを受け入れられている、と感じながら、俺は続けた。
「だけど、あの人はちがう。全身が惹かれたんだ。……持っていかれそうなくらいに」
そう話す俺の顔を見ながら、雅人は相変わらず優しく微笑んでいた。
それから雅人は、言ったんだ。
「恋に落ちたんだね、光」
雅人の言葉は、俺の胸にすとんと落ちた。
*****
ほどなくして礼二と俺は付き合い始めた。
俺の重たすぎる思いに反して、はじまりはあまりにそっけないものだった。
「これまでこんなこと思ったことないんだけど、礼二とはいつも、また会いたいって思うんだ」
3回目の事後のベッドの中で、そうつぶやいた俺に、
「……じゃ、付き合うか」
タバコの煙をくゆらせながら、遠くを見たまま礼二が言った。
そんなはじまりだった。
礼二の悪い癖については、付き合い始める前から気づいていた。
俺と会いながらも、次の日には女の子との約束を取り付けている。それを隠そうともしないところが、礼二の悪気のなさを表していて、俺は何を言う気にもなれなかった。
悪い癖は、付き合い始めてからも改善される兆しが全くなかった。
礼二が離れていくのが怖かった俺は、見て見ぬふりをするつもりもなかったのに、一度もそれを指摘することができなかった。いつ飽きられるのか、捨てられるのかと怯えながら、それでも会いたくて……。
じっと耐えているだけだった。
礼二の悪い癖に、より悪い習慣が付属し始めたのは、付き合い始めて1ヶ月も経ったころだっただろうか。何がきっかけということもなかったと思うのだが、突然礼二と連絡が取れなくなった。
あれは、はじめて二人で外の明るいうちに会った日の翌週だ。
楽しかった思い出に浸っていた俺は、また行こう、という内容のメールを礼二に送った。
また行こうな、という肯定の返信のあと、礼二の携帯は俺からの連絡に反応しなくなった。
電源を切っているわけでもなく、留守電に切り替わるでもなく、ただ受け取られることのない受信。
3日目で、ついにこの日が来たのかと途方に暮れた。俺なんかがつなぎとめておける相手じゃなかったのだ、とあきらめようとした。
つらくて、寂しくて。雅人に泣き言を聞いてもらい、眠りにつく日々。
ようやく落ち着きはじめた6日目に、何事もなかったかのように礼二からの連絡があった。
提案される週末の約束。問い詰める考えも浮かばず、呆然としたままの頭で、俺はそれをOKした。
はじめこそ捨てられたのだと自棄になりかけたが、それが5度6度と繰り返されるうち、俺も慣れてきたのか、雅人の前では泣かなくなった。
ただ、どうしても一筋に想ってもらえない虚しさに、毎回ため息はこぼれた。
そんなときだった。雅人が同居を提案してきたのは。
「一緒に暮らそう。これ以上つらそうな光を見ていられない」
そう口にした雅人の瞳には、これまで見たこともないような強い光が宿っていて、俺は悩む余地もなくうなずいていた。
「ありがとう、雅人」
その台詞が適当だったのかどうか。
俺は、寂しさから逃れるために、伸ばされた雅人の手を取った。
「光の寂しさは、俺が埋めてあげる」
ふわりと抱きしめられて、首すじに顔をうずめると、胸にこみ上げる温かさ。
その温かさに、俺は甘えた。
それを許してくれる雅人の空気に、全身で甘えた。
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