複数恋愛

07





*****

光と礼二さんの間に良くない変化が起こったことに、俺はすぐに気づいた。
わかりやすい態度で落ち込む光に、何でも話してみてよ、と肩を抱いた。
聞けばもう5日も連絡が取れないとのこと。メールの返信もなければ、電話の着信にも反応がないという。

「留守電にでもなればあきらめがつくのに、何コールしても切り替わらないんだ」

絶望的に言う光。

「きっと何か理由があるんだよ」

ありきたりな言葉でなぐさめたけれど、内心は煮えくり返る思いだった。
なぜ?どうして光を悲しませるの?
こんなにあなたは想われているのに。



1週間が経とうというところで、礼二さんからの連絡はあった。
その電話を受けた瞬間の光の顔を、俺は忘れられない。
泣きそうで嬉しそうで、くしゃくしゃの顔を。

何事もなかったかのように日曜の遊びの約束を取り付け、月曜まで引きずるほどに光を骨抜きにした礼二さんは、それからもたびたび音信不通を繰り返した。そのたびに動揺し憔悴させられる光を見ていた俺は、ある決意を固めた。

「一緒に暮らそう。これ以上、ひとりで寂しそうな光を見ていられない」

尚宏のことは頭になかった。その瞬間、俺のすべては光だった。
ありがとう、と素直にうなずいた光を抱きしめた俺は、そこで初めて愛しい光と全てでつながりたいと思った。  



*****

今日は月曜日。前日礼二さんと遊んできた光が、疲れて自室から出てこないことが多い日。
カレー屋で働いている光は、礼二さんと付き合い始めてから、日月休みのシフトを希望するようになった。
まるで一週間をすべて、礼二さんに捧げているとでもいうかのように。

知りたくなくてもすべてを把握している俺は、何も言わずにそっとしておいてやる。
光の気配のないリビングで、テレビをつける気にもなれず新聞を読む。
音のない空間に、虚しさだけがぽっかりと浮かんでいた。

――尚宏に電話してみよう。
ずるい俺は、慣れた仕草で着信履歴の一番上から尚宏の名前を選び、通話ボタンを押した。

「今日会えない?」

くすくす笑う電話の向こうの尚宏が、また月曜だねと言った。
ハッとして俺は、思わず光の部屋のドアを見る。
いいよ、会おう、という尚宏の声が、からっぽの頭の中にやけに響いた。

やはり俺は利用しているんだ。
尚宏を癒すことで、礼二さんに連れ去られた光の穴をうめようとしている。

「は…ははっ」

無理やり笑ったら、余計に虚しさが増した。



*****

「……よかった?」
「よかったからイッたんでしょ?」

大きなベッドの上、仰向けでこちらに顔だけを向け、くすくす笑う尚宏がいる。こんな可愛い顔して、やることはやるんだから侮れない。
むわりと立ちのぼる濃い性の香りに、大きく息をつく。

小柄だと言っても尚宏も大の男だ。ふたりで仰向けに大の字を決め込めば、いくらキングサイズのベッドでも窮屈に感じる。
ティッシュ数枚で済む俺たちの事後処理は、いたって簡単で。
バリネコの尚宏と、ネコ寄りの俺は、お互いの立ち位置にかこつけて、一線を越えないでいた。まるで尚宏は恋人に、俺は光に、操立てをしているみたいだとふたりで笑ったこともある。
操立て、と言ったって、俺の場合は光とだって一線を越えていないわけだし、立てる操もないのだけれど。

「がんばってね」

別れ際、いつもと同じ言葉を尚宏にかける。

「うん……雅人もね」

尚宏からも、いつもと同じ返事をもらう。
ゆっくりと俺に背中を向けながら、すでに心ここにあらず。心はきっと、もう恋人のもとに帰ったのだろう。

俺も帰ろう。光と暮らすあの部屋に。
立ち去る尚宏と、見送る俺。
ふたりの間に乾いた風が吹いた。



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