複数恋愛

09





*****

光と出会ったときの俺には、サヤカのほかに2人、そういう関係の女友達がいた。
彼女らを切るつもりはまったくなく、いままでどおりその日の気分で相手を変える日々。
光にも雅人という友人以上の相手がいると早い段階で聞いていたので、単純に好都合だと思っていた。
光は、こいつは俺にべったりにならなくて済む、……と。

はじめて光と昼間に会った日だった。

「たまには男同士で買い物もいいだろう」

そんな言葉だったか。
服装にあまりこだわりのなさそうな光に、自分好みのものを選んでやるため街へ誘った。
俺の勧めるものを瞳を輝かせて身体に合わせ、満面の笑みで「気に入った」と試着室から出てくる光。素直に可愛いと思った。
休日の人ごみの中、両手に収穫の紙袋をさげ、はしゃぎながら歩く姿は年齢よりずいぶん幼く見えた。
もっと楽しそうな顔が見たいと思った。

少し迷ってから、遊技場に入る。
俺たちはまるで高校生のようにカラオケやボウリングに興じ、たくさん笑った。
あんなに笑ったのは、いつぶりだろう。光と過ごすことで得られる心の快感は、これまでどんな相手にも感じたことがないものだった。
まずい、と思った。ひきずりこまれてしまう、と。
これまで築いてきた俺が、崩れる予感。
俺は意識的に光との連絡を絶った。



*****

「礼二、何か気になることでもあるの?」

基本、俺のことを詮索したりはしないサヤカが、さすがに声をかけてきた。

木曜日。何度か来たことのあるホテルで、うつぶせの彼女は俺に無防備なはだかの背中を見せていた。
光からのメールに返信せず、着信に気づかないふりをし続けて4日。履歴を示す携帯電話を、さっきから俺は繰り返し閉じたり開いたりしていた。

「スマホにはしないの?パカパカパカパカ、うるさくてかなわないわ」

言葉ほどの嫌そうな雰囲気は出さないで、サヤカが俺の不審な行動を指摘してくる。

「いや……。電話しようかどうか、迷っててさ」

これは本音だ。
さっぱりした姉御肌のサヤカには、たまにこぼしてしまう。

「そのパカパカの数だけ迷ってるんだったら、それは礼二がその相手に電話したくてたまらないってことよ」

ご名答。そろそろ限界だった。光の声が聞きたい。
俺がこうしている間にも、光は雅人と……。
怖かった。俺ばかりが光にのめりこんでいく気がして。光るには、長く付き合っている信頼できる相手がいるというのに。
そんな自分をかろうじて維持するために、俺は光と壁を一枚隔てた関係でいようともがいていた。苦肉の策で連絡を絶ってみたものの、1週間もしないうちに限界だなんて……。
俺がこれまで築き上げてきたスタイルを、光はものの見事に打ち砕いてくれる。

――会いたい。
交際相手にこんなに強い気持ちを抱くのは、もちろんはじめてだった。経験したことのない現象が、自分の中で起きている。俺はなすすべもなく、ただ自分の思いの大きさに戸惑うだけだった。

「限界って顔に書いてあるわよ」

サヤカの言葉が図星過ぎて、言い返すこともできない。

「……明日、電話するよ」

そう答えながら、俺は自分の胸の中にも同じ内容のメモを残した。



*****

翌日の金曜日、何もなかったかのように光に電話をかけた。平静を装った声で、日曜日の約束を取り付ける。
ざわつく心。どんな顔を光に晒せばよいのか不安にさいなまれながらも、早く顔が見たいと焦がれる。

昼は陽射しのもとで朗らかに笑い、夜は俺に組み敷かれて苦悶の表情を浮かべる。光の表情、そのどれもが俺を捕らえて離さない。会ってしまえば、ますます虜になるだけだ。
くちびるで、視線で、全身で、好きだと訴えかけてくる光。俺と一緒のときには雅人の存在を感じさせないくらい、それは情熱的だった。

抱きしめて、俺の中に取り込んで、閉じ込めて独占したい。そうすれば光は、やがて雅人のことを忘れてくれるかもしれない。光への思いに激しく揺さぶられながらも、しっかりしなければ、と自分に言い聞かせる。はじめての感情は、俺を余計に用心深くさせた。
足元をすくわれることのないように、自分をコントロールできる状態を死守するべく、俺は壁を厚くした。
たまの逢瀬は飛びきり熱く。光を奪い去りたいと思う気持ちが振り切れると、連絡を絶つ。
そんなことを繰り返しながら季節が過ぎた。



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