複数恋愛

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*****

「はじめてだよ」
「そう……」

こうしてべッドの上で聞く礼二のかすれた声ほど、色気のあるものはない。情事の最中に吐き出す吐息も、もちろん色っぽいのだけれど。
そんなことをぼぅっと考えていたら、生返事をしてしまった。

「え……?」

会話の内容を聞き返したつもりだったが、礼二はちがうふうに受け取ったらしい。

「この部屋に……、だれか入れるのは」

その答えで、何の話をしているのか把握できてしまったから、生返事はなかったことになった。
そうか。はじめて、なのか。
俺だってはじめてだった。あの部屋に誰かを入れるのは。そう考えながらも、俺はひたすら礼二に見とれていた。

グレーのシーツのかけられた大きなベッド。仰向けに横たわる俺の両肩のサイドに礼二が手をついている。
長めの前髪が、重力に逆らうことなく揺れる。その隙間からのぞく黒い瞳に、情欲の炎がともっている。
得体のしれないものが、背筋をかけのぼる感覚。これからされるであろうことを想像した。
たとえ噛みつかれて食われたとしても、俺は恍惚としているだろう。

期待に煽られた熱情に、身体がふるえる。武者ぶるいみたいだな、と考えるくらいには、まだ冷静さが残っている。けれどこのまま、熱に浮かされたような礼二の瞳を見つめていたら、理性が吹っ飛ぶのは時間の問題だ。
残り少ない正気をかき集める。俺はゆっくりと目をとじた。

「は……っ」

息切れがする。
久しぶりの礼二の身体は、これまで感じたことのないくらい熱くほてり、その熱で俺の中にある血液が沸騰してしまいそうだった。
抱き合ってキスしているだけなのに、心臓がやばいくらいに打っている。仕方がない。お互い何も身に着けていない状況だ。

燃えるふたつの身体のはざまで、ひときわ熱いふたつのかたまりがこすれ合っているのを感じる。
よかった、俺だけじゃない。礼二も感じてくれている。

「光……いい?」

何を確認しようとしているのだろう。
ぼやけた意識の中では、礼二の意図がつかめない。たとえつかめなくても、俺には拒むという選択肢はない。

「いいよ。なんでも……。礼二のすることだったら、なんでも」

俺はとじていたまぶたを開け、そっと手を伸ばし、欲に染まる礼二の頬をなでた。
愛しい。礼二の全てが、いとおしい。

「……っ」

息を飲む礼二。
直後、首筋に噛み付くようなキスが降ってきた。

「ごめん、今日余裕ない。加減してやれないかもしれない……」

うなじにささやき声がかかる。
くすぐったさとともに、くすぶるような快感をおぼえた。

「加減なんてしなくていい。礼二の全部が欲しい」

肩越しにそう告げると、折れそうなくらい抱きしめられた。

余裕がないなんて言ったわりに、礼二は俺の身体を丁寧にほぐした。久しぶりの俺を気遣ってくれているのだろうけれど、礼二に触れられていると思うだけでもどかしく奥が疼き、むしろ俺のほうが焦れた。

「れい……じ、早く……」

しっかり出したつもりでも途切れる声。
俺の懇願に、礼二は優しく目を細めた。
ゆっくりと指が、身体の中から出てゆく。抜かれる瞬間の軽い喪失感が甘美な刺激にとってかわり、めまいがした。

「ひかる……」

名前を呼ぶ声は吐息まじりに色を含み、俺の胸を切なく締めつけた。
……欲しい。礼二が、欲しい。
名前を呼ぼうとくちびるを開くと同時に、あてがわれたものの湿り気を感じた。言葉はそのまま、俺の口内に吸い込まれ、飲み込まれる。
かたく目をつぶり、息をつめる。

「息吐いて……。忘れた?」

言われて思い出し、ふうっとゆっくり息を吐き出した。そのまま短めの呼吸を繰り返してゆくと、それに合わせて礼二が入ってくる。早く礼二で満たされたくて、腰が浮いた。

「お前、いつからそんなやらしくなったの……?」

俺の汗まみれの髪をかき上げながら、礼二が笑う。

「そんなこといいから……、はや……く!」
「そんな光もいいな…」

俺をくらりとさせる声でささやきながら、礼二は腰を進めた。
身体の中身が、押し上げられる。圧倒的な質量に、呼吸もままならない。

「……っ……入っ……た?」
「ああ。全部な」

無意識に俺は微笑んでいた。
満たされたのは身体だけじゃない。安心感と幸福感に、心がいっぱいになった。



*****

心地よい気だるさの中で、礼二が俺の髪をなでる。
きれいに浮き出した鎖骨に鼻先をすりつけ、目を細めてその感触を味わった。

「はじめてなんだ」

行為の余韻の残る色っぽい声で、礼二がささやく。

「何が……?」
「俺の空間にこんなにも入り込んできたヤツは、お前がはじめて」

髪の毛は相変わらず、礼二の指に梳かれている。

「そうなんだ?入れてくれてありがとう」

そう言うと、クスリと笑われた。

「部屋に入れたっていう意味もあるけど、心の中に入れたっていう意味もあるんだよ?」

心の……なか?

「本当に、光がはじめてなんだ」

ふわりと優しげな声色が、少しだけ真剣味を帯びた。

「心に入り込まれて、そのまま持ってかれてしまった」
「礼二……」

俺は礼二の胸から少しだけ顔を上げた。
綺麗にカーブを描いた顎のラインが見える。

「光。お前が好きだ」

短く告げられた言葉。
数えきれない夜を過ごし、それなりに愛の言葉もささやきあってきたのに、今のそれだけが真実だと思えた。

「お前だけだ。ずっと前からそう思ってた」

感動に胸がふるえる。
俺も好きだと伝えたいのに、息をつめているからなのか言葉が出てこない。

「ごめんな、光。もっと早くこうしていればよかった……」

髪に触れていた手が下りてきて、身体に回される。
ぎゅっと抱きしめられると、涙がこぼれた。

「れ……いじ……。礼二……。礼二!」

言いたい言葉は何一つ出てこなかった。代わりに何度も名前を呼んだ。
それでも気持ちが伝わったのか、抱きしめる力がひときわ強くなった。

「一緒にいよう、光。ずっとだ」
「うん……」

お互いの瞳に相手を映し、微笑みを交わす。
はじめて心がつながった瞬間だった。
身体は何度もつなげてきたというのに……。



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