塩味ハニームーン

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「しかしあれだな。もう少しリアクションがあるもんだと思ってたよ」

昨日からキャンペーンの始まった目玉焼き入りのハンバーガーを飲み込んでから言う。

「発表だろ?俺もそう思ってた。意外に感情って爆発しないもんだなぁ」
「嬉しいっちゃ嬉しいんだけどな。後からジワジワくんのかな?」
「そうじゃない?俺、多分二人きりになったら爆発する気がするよ」

一際ながいポテトを指でつまんで揺らしながらその残像を見つめ、正成がサラリと言った。

二人きり……。
今日、泊まりだったよな。そのこと言ってんだろうか?
だよな、こんなに人の多い街じゃ、俺の部屋くらいしか二人きりになれないし。

「何考えてるの?拓海」

しばらく無言で窓の外を見ていたら、正面の正成がそう言いながら覗きこむような仕草を見せた。

「……んー」

言うべきか少しだけ迷ってから、お茶を濁していても仕方ないかと口を開いた。

「……今日、泊まるだろ?うち……」

正成は覗きこんだ姿勢のまま、一瞬だけ目を見開き、それから柔らかく微笑んだ。

「あぁ、そうだね。そうしたいけど。……ホントにいいの?」

何がいいの?なんだか。
いや、分かってるんだ。正成の言葉に含まれる微妙な揺れニュアンスが、それを指していること。
ここまで来て、俺は逃げるなんてことはしない。

「もちろん。俺も……そのつもりだったし、泊まれよな」

正面を向いて、正成と視線を合わせる。
三日月型に細められた優しい瞳が、俺を包み込むような視線を投げ掛けている。
さすがに少し視線を外し、相手の手元を見ながら言った。

「何もないけど、来いよ。何もないけど……覚悟だけはあるから」

……。
騒々しい店内で俺たちの間にだけ、しばらく沈黙が流れる。

「ありがと。じゃお言葉に甘えて……」

あえて軽い調子で言ったのであろう正成のセリフは、無言の空間にやけに響いた。



昼食後、俺が目星をつけておいた部屋を3件ほど見て回った。
間取りや駅からの利便性、周辺環境はどれも似たり寄ったりで、最寄り駅が俺の家寄りか大学寄りか、その程度の違いしかない物件だったので、1つに絞るには時間を要した。
結局、正成は

「やっぱ拓海んちから近い方がいい」

と堂々と不動産屋の前で言い切り、俺の部屋と最寄り駅が同じ物件に決めた。

最寄り駅すぐそばの不動産屋で仮契約を済ませて帰る道のりは、俺がいつも一人帰宅する道。二人で歩いていると、いつもの風景も違って見える。
なんかジワジワ湧いてくるな。
弁当の入ったコンビニ袋を軽く持ち上げ、隣を歩く正成に言う。

「俺はいつもこうやって駅前のコンビニで晩飯買って帰ることが多いかな。なかなか便利だし、お前もそうなるんじゃねーの?」

正成の新しい部屋も、駅からは同じ方向にある。ただちょっと途中道を逸れるから、帰りに寄るには回り道になるけれど。

「いろいろ教えてね、センパイ」

笑いながら返事をくれるこいつは、どんな大学生活を送るのだろう。
俺とは違う進路。新しい環境で知らない同級生に囲まれて、いろいろ変化もある。

「楽しめよな、大学生活」

お前の変化を不安がるようじゃ、この先やっていけない。

カチャリと回す鍵。ドアを開け、玄関すぐの灯りを点ける。

「……ただいまー」

誰もいなくてもいつも小さな声で言うことにしている挨拶は、後ろのやつに拾われた。

「おかえりー。じゃなくてお邪魔しまーす」

典型的な大学生の部屋といったワンルームの間取りは、正成の新しい部屋と大差ない。
だが4年間生活してきた分、物が増えてそれなりの生活感を醸し出している。

「あんま片付いてなくて悪りーな。荷物その辺置いて座れよ。飲み物持ってくるし」

そう言い置いて小さな冷蔵庫を開け、お茶のでかいボトルとグラスを持って戻った。
テレビを点けるとゴールデンタイムのバラエティ番組が目白押しだ。適当に選局し、弁当を取り出す。

「もう7時回ってたんだな」

テレビの上の壁掛け時計を見ながら正成が言う。
不動産屋の閉店時間ギリギリまで契約にかかったから、そんなもんだろ。

「なんか一日あっという間だったな」

弁当のフタを開けながら、笑い合う。
一人じゃないって、なんかいい。またジワジワと湧いてきた。

弁当を食べ終わり、食後にと入れたインスタントコーヒーのマグを手にテレビを眺める。
もうすぐ8時。番組が変わる時間だ。今見てるやつが終わったら、風呂かな……。
目で画面を追いながら、頭では別のことを考える。
風呂っつっても狭いユニットバスだし、いつもどおりシャワーでいいか。とりあえずお客さんだしあいつ先に入れるか。その間に……。その間に、最終的な覚悟を決めよう。

準備なんてほとんどしていない。うっすらとある知識と、それに従って購入しておいた潤滑油くらいだ。ゴムは、部屋に標準装備してんのが男ってもんだろ?
それだけで十分。あとは念入りに洗うくらいにしておこう。
何しろあいつはそっちに関して百戦錬磨だ。
高校んときも夜な夜な出歩いてたって聞いてるし、俺がヘタに知識仕入れてあれこれするより、最初からお任せした方がいいだろう。
男のプライド……?考えもしたけれど、どう転んだってこの道に関しては未知なる世界だ。正成を前に、今さらプライドを盾にあれこれ画策するのは主義に反する。
よく真っ直ぐな性格だと言われるが、負けを認めることに関してもそうなのかもしれない。言い訳はしないであっさりと。

目まぐるしく変わる画面を追う視線は、いつの間にか固定されたそれに変わり、気が付いたら番組が終わっていた。
ローテーブルにマグを置き、正成に声をかける。

「先に風呂入ってこいよ」

同じく視線を画面に固定していた正成が、ゆっくりこちらを向いた。

「ありがと。とりあえずシャワーでいいかな」
「俺もそのつもりで言ったよ。独り暮らしのユニットバスなんて、狭くてゆっくり浸かる気になれないよな」
「ふふ。俺も来月からそうなるのかぁ」

目を細めながら、正成もマグを置き、立ち上がった。

「バスタオル置いといてやるから着替えだけ準備しな」



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