塩味ハニームーン

12




漏れ聞こえるシャワーの音がやけに生々しく感じられるのは、意識しすぎだろうか。
まだ8時を過ぎたところで、寝るには早い。風呂あがってからもしばらくテレビ見たり話したりするかな。
どんなふうにそっちに流れんだろ。ま、いいか。正成にお任せだし。
客用布団……は要らないよな。敷いて待ってるのもわざとらしいし。さすがに二人じゃ狭いけどセミダブルベッドだし、一緒でいいよな。

一緒……に寝るんだよな。
うわ、なんか今さら……。
痛みとかいろんなものの喪失に対する覚悟はできてたんだけど、羞恥のあまりに緊張してきた。
想定外だ。あいつが戻ってくる前に、なんとかこのうるさい心臓を鎮めなくては……。
俺は目をギュッと瞑り、一つのベッドに密着して横たわる俺たちの画像を頭から追い出そうと必死になった。

深呼吸しながら精神統一していると、浴室のドアが開いた。
着替える気配。
視線をテレビに固定したまま、口を開く。声が震えないよう気を付けながら。

「上がったかー?俺も入ってくるけどビール飲むなら冷蔵庫入ってるぞ?」
「ありがと、いただくよ」

タオルで頭をゴシゴシ拭きながら戻ってきた正成と入れ替わりに浴室へ立つ。
この場合、風呂上がり何着れば……とか迷ったけど、正成がスウェット着てるのを見て俺も真似ることにした。
しかしスウェット姿もサマになるな、あいつ。火照った頬と濡れた髪が無駄に色っぽい。
俺は多分あいつに今晩抱かれるわけだけれど、あいつを抱きたいってヤツの気持ちも分かる気がした。

浴室のドアを閉めると、ビールもらうねーという声が聞こえた。
俺も後で飲もう。
軽く酒が入った状態でもなければ、羞恥がいろいろと邪魔をしそうだから。

熱めのお湯にうたれながら合間に鏡の曇りを流し、自分の身体をまじまじと見る。
鍛えてはいないものの、それなりに盛り上がった肩の筋肉。薄い胸。くびれのない腰。当然存在する部分。ツルツルとは程遠い足。どこからどう見ても男。
正成はゲイだ。こんな正真正銘男な身体の俺でも、大丈夫なヤツなんだ。
俺にはいまいち自信の持てない身体だけど、そう言い聞かせる。

反対に、俺の方がむしろ不安要素大きいよな。何しろ男は初めてなんだから。
まぁ大丈夫だろう。相手は正成だ。さっきも風呂上がり見てドキリとしたじゃないか。
着衣の上であの反応だから、肌を見たら……、触れたらって思うと、考えただけで興奮しそうだ。
いやいや、今はダメだ。考えるな……。

俺は頭からシャワーを浴び、邪な考えを洗い流した。
キュ……と音を立てて締めるシャワーのコック。
あまり新しいアパートじゃないから、そこかしこにガタがきてる。
ここに住んで丸4年。この住み慣れた部屋に、特別な誰かを招き入れるのは久しぶりだ。
緊張して当たり前。そう自分に言い聞かせながら、浴室を出た。

着替えを済ませ、頭にタオルをのせたまま、冷蔵庫からビールを取り出す。
顔にかかったタオルが、いい具合に今の微妙な表情を隠してくれることを期待して。

「先にやってるよー」

飯田が持っていたビールの缶を少し上げて言った。
少しだけ距離を取り、隣に腰を下ろす。
視線はテレビに投げ、ひとつ息をついた。

「やっぱ風呂あがりはビールだな」

普段は言わないオヤジ臭いセリフが口をついて出た。

「何それ。似合わないなぁ」

正成の苦笑に、失敗したなと気づく。
俺がいつもの俺じゃないってこと、こいつに露見するのは時間の問題だ。
時間の問題なら、もうここは正直に申告しておくか。素直は俺の美点だって、こいつが言ったんだもんな。

「な、正成」
「なに?」
「俺さ……、緊張してんだわ」
「……え」
「尋常じゃなく緊張してんの」
「拓海、待ってそれって……」
「今日。するんだろ?」
「や、あの。無理なら……うん、無理強いはしな」
「無理じゃねーよ!」

腰が引け気味の正成の言葉を遮るように、つい大きな声が出た。

「無理じゃない、覚悟はできてんだ、ずっと前から。ただ……、たださ」
「うん」
「お前とそういうことになるって考えると、照れるっつーか……恥ずかしいっつーか」
「なんだ、そっちかぁ。安心した!照れるって、途中までやってんじゃん。今さら……」
「あれは俺がされただけだろ?俺、お前の身体とか見て自分がどうなっちまうのか想像つかない」
「そか……拓海はノーマルだもんな」

声のトーンを落とす正成。
慌てて俺は正直な気持ちを告げる。

「ちが……っ。俺、お前に欲情すんのは間違いないんだ。そこは大丈夫。その先なんだよ。自分がどんなふうになるのかが正直怖い」

タオルをかなぐり捨て、瞳を合わせて真剣に言うと、正成も目を細めてふわりと微笑んだ。

「……拓海」
「……」
「大丈夫。俺に任せて……」

言うなり正成は、俺との距離を詰めた。

「……!」
「ホントはもう少しまったりしてからって思ってたんだけど」

風呂あがりの火照った身体にゆっくりと回される腕。
決して華奢ではない俺の肩に顔を埋めて正成が囁く。

「拓海がかわいーこと言ってくれるから、その気になっちゃった……」

あ……。始まる……。

ゆるりと抱き締められた俺の身体は、緊張で硬直している。
きっと伝わってる。
でも。任せて……って。
俺はゆっくりと詰めていた息を吐き出し、力を抜いた。
俺の身体の変化に気づいたのか正成は、一度きゅっと強めに抱き締めてから腕の力を弛めた。顔を上げ、こちらを見る瞳はあくまでも柔らかい。

「拓海。好きだよ」

改めて告げられた言葉は開始の合図。
慣れたはずの柔らかい唇が、俺のそれに触れた瞬間に、俺は最後の覚悟を決めた。
もう、迷わない。
うっすらと唇を開くと、あいつの吐息が流れこんでくる。
好きだ……好きだよ……。最初に俺も伝えたいのに。絶え間なく降り注ぐキスの雨に、言葉を発する余裕はない。

「は……ぁ……」

告げられないまま、キスはどんどん深さを増してゆく。

「拓海……。たく……み」

合間に俺の名前を呼ぶのはリードしてるあいつばかりで。
俺だってお前のこと、呼びたい。好きだって伝えたい。

「ん……まって」

軽く肩を押して、タイムを取る。そうでもしなきゃ、やられっぱなしだ。

「待って正成。俺にも言わせて」

すっかり上がった息を整える。

「拓海……」
「好きだよ。最初に言っときたいんだ。正成が好き。だから……ひとつになりたい」

照れるセリフも雰囲気に任せて口から滑り出た。
さすがに照れ隠しに笑うと、息を飲んでいた正成も破顔した。

「……ったくお前は」
「?」
「平気で爆弾投げつけてくるよな」
「爆弾……」
「これ以上煽ってどうすんの?も、知らねーぞ?」
「まさな……んッ!」

再び俺を襲う、嵐のようなキス。
言うこと言ってスッキリした。俺も目一杯応えてやる。もう何も躊躇うことなんかない。

「は……ぁ」
「ん……」

お互いに口の中を味わい尽くし、唇同士せめぎ合った結果少しできた空間で舌を絡め合う。
頭の中がゆらゆら揺れる。もう、何も考えられない。
ただ……。ただ、今はお前が欲しい。



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