塩味ハニームーン

13




舌先の遊びを終え、一際深く口付けた後、正成は俺に身体を密着させた。
頬を寄せ、耳元で囁く。

「ベッド行こ……?」

そうだった。ここでこのまま、求め合っても良かったんだけど。
初めてだし、俺。背中の痛みくらいは回避したいもんな。
てか。ベッドの主である俺が誘うべきだった……?
後悔先に立たず。
だけど、狭いワンルームだ。床に座っていた腰を少し上げ、後ろににじり寄ればそこはもうベッド。正成に身体ごと押される体で移動し、それぞれゆっくりと腰かけた。
改めて始めるのも恥ずかしかったが、俺に腕を回したままだった正成が、微かに「いい?」と言った瞬間、俺の視線はもう天井にあった。
首尾がいいな、なんて感心するヒマもなく、正成の手は俺の着衣を乱し始める。
うわ……当たり前だけど、脱がされんのなんて初めて。
ややこしいボタンなんかついてない服装で良かったけど、被るだけのスウェットは脱がされるにしてもこちらが協力しなければならず、少し羞恥を煽られる。
上半身を晒したところで正成がまじまじと俺を見下ろした。

「拓海……そそる」
「は……ぁっ?」
「合宿のとき海で見て以来だけど、やっぱいいなぁ」

あ、そうか。
あの時……クリスマスの時。かなり恥ずかしいところまで見られてた気になってたけど、上半身は見られてなかったんだ。
順序めちゃくちゃだし。てか、先に下半身って……男ならではって感じだな。
しばらくおとなしく見下ろされていたが、ふと俺だけな不公平感に気づき、正成のスウェットに手を伸ばした。

「お前も脱げよな」

一瞬目を丸くした正成は、それからすぐククッと笑い、了解、と言った。

「ホント、押し倒してる気がしないよ」
「は?」
「拓海、キスだって対等に応えてくるしさ。脱がされっぱなしも嫌なんだろ?」
「……男だからな」
「だよね。いいなぁ、新鮮」
「え?お前相手男ばっかりだったんだろ?」
「ん、まーそうだけど。押し倒される側はオンナになっちゃう場合が多いからさ。ま、いいじゃないそんなこと。俺たちは俺たち!」

なんかうまく丸めこまれたが、押し倒された体制のままだけど空気が少し軽くなった。
ここぞとばかりに深呼吸する。

「じゃあ俺も脱ぐよ」

やはり軽く言ってから、正成は俺の上から離れ、スウェットの上衣を脱いで床に放った。
視界が明るくなったので肘をついて起き上がる。

「……」
「……」

同じ格好のまま、しばらく見つめ合った。

「どうせだし、下も脱いじゃう?」

変わらない調子での正成の提案に、思わず「うん」と言いそうになったが、やはり自分から全裸になるのは躊躇われた。

「とりあえずスウェットだけな」

お互い男らしく脱ぎ捨てたスウェットのズボンが、ベッドの下に散乱している。
ボクパン一丁で向かい合うと、さすがにお互い照れ笑いになった。

「さ、再開しますか……」

コツンと額を合わせてきた正成が、そう囁いた。
今度はすぐに天井を向かされることもなく、座ったままでのキスとハグ。さっきみたいに俺をオンナ扱いしないっていうこいつの姿勢が伺える。
だけど……。密着する裸の胸。
久しぶりに見た正成の身体は、相変わらず形の良い筋肉が薄くついていて、俺は思わず見とれた。
肌で直に感じるその滑らかな感触は、俺の興奮を煽る。感触もだけど、鼓動も……。こんなにダイレクトに伝わるんだ。正成の鼓動を感じていると、愛しい気持ちが溢れ出してくる。
思わずその身体に腕を回し、きつく抱き締めていた。

「正成……好きだ」

囁いたその唇で首筋に口付ける。
俺の先制攻撃に驚いたのか、正成は一瞬ピクッと震えた。

「もー。ホント可愛いことするなぁ」

ふふっと笑いながらこぼすあいつは

「でも……。首筋へのキスは、こうやるんだよ?」

そう囁いて、俺の頸動脈に強く吸い付いた。
絶対跡残る……。

「……っ」
「ん。キレイに付いた」

満足そうに呟く正成。

「見えるとこはやめろよな」

今さらだけど一応抗議しておく。

「所有の証だもん。見えるとこに付けなくてどうすんの」
「……っ!」

反論する気も失せた。
所有、か……。じゃあ俺も。

「……っ」
「お返し。お前も俺のな」

ほぼ同じ場所に刻みこんでやった。
キスマなんて初めて付けたけど、なかなか上手くできた。幸先いいな。
この先も……。上手く……できるかな。

「お遊びはこのくらいにしようか」

少し真剣な目をした正成が、低い声で囁いた。

「……いい?もらうよ?……拓海」
「ダメ……なんて言うわけねーだろ」

首筋に落とされるキスは、さっきみたいな跡を付けるためのものじゃなく、快感を誘うための軽いタッチに変わった。顎下だとか、喉元だとか、皮膚の柔らかいところを狙って啄んでくる。
ゆっくり、ゆっくりと、あいつの唇は下りてゆく。鎖骨の合わせ目で止まったそれが薄く開き、突然の湿った感触に俺は息を詰めた。
舌先で鎖骨をなぞられる。くすぐったいような初めての感覚は、やがてハッキリと分かる快感に変わった。

「……っ」

思わずのけぞると。

「拓海……。そろそろ倒してもいい?」

頭ひとつ下の位置から、お伺いをたてられた。

「ん……」

言葉にならない了承の合図を送り、俺は身体を支えるために立てていた肘を折った。
ゆっくりと景色が変わる。
背中に感じるシーツの感触。毎晩触れているものなのにいつもと違う気がする。
景色が変わっても、肌に点々と落とされる口づけは続いた。

「……っ!」

その部分に湿った感触を感じたとき、俺は思わず声にならない声を漏らした。
胸なんて……俺には初めての刺激だったから。
唇で軽く触れてから、徐に正成はそれを食むように刺激する。快感とは程遠い、くすぐったい感触。身体を捩ると、正成も気付いたのか唇を離した。
……と思ったら俺の顔を見上げ、ペロリと舌を出す。
やらしー顔……。なんて考えた瞬間。

「……んっ」

そのまま胸の先端を舐め上げられて、自分でも驚くような声が出た。

「少しは感じる?」

やめ……そこで唇動かすなよ。

「最初から感じるのは無理かもしれないから、ここはこの辺にしとくね」

だ……からしゃべんなって。
くすぐったいようなむず痒さに、はっきりと「感じる」とは言えないけれど。
なんかヤバい気がする。頭の隅でそれだけは自覚していた。

「拓海……声、ガマンしなくていーから」

んなこと言われたって……。男がそうそう声なんか出すかよ!
俺は無言で眉を上げ下げしてやり過ごしながら、胸から下へ降りてゆく唇を感じていた。
下へ……。
てか、あれ、絶対勃ってる。唇同士のキスもかなり濃厚だったけど、肌へのキスでも十分興奮を誘われた。
正成は上手い。行為の序盤で俺は、すでにそれを痛感していた。

ヘソ回りを一周するように口付けたあと、正成は徐に顔を上げた。
俺の表情を伺いながら、布越しにそっとそこに触れる。
そこに触られるのは初めてじゃないけど、期待と不安が混じりあった妙な緊張感がある。まして今日は、排出のために触れられているのではない。後に続く行為のための前戯。
あいつもそれを考えての上でか、いきなり強い刺激を与えてこようとはしなかった。
やわやわと揉み込まれ、はっきりと芯を持ってくる俺の分身。そこに集まる熱が、それを教えてくれる。
突然。

「……っ」

もういいか、とばかりに先端付近を指でグリグリと刺激され、思わず息を詰めた。
ヤバい……、と思ったら指はすぐに離れ、下着のゴムにかかる。このままだと濡れちまう、そう考えると自然に腰が浮いた。
俺だけ……なんていう思考は、今度は浮かんではこなかった。
おとなしく全裸に剥かれる。

「ん……っ」

俺を剥き終えた正成は、スッと体勢を変えて再び唇を奪いに来た。
優しくも荒々しい口づけ。俺も必死に応酬する。余裕がないのは、あいつの手が俺の劣情を扱き上げているからだ。

「まさ……な……り、あんまやると……ヤバ……」

息継ぎの途中に訴える。
こんなところで終わりたくはない。

「拓海……一回イッといた方が良くない?」
「な……んで?」
「やっぱさ、後がツラいから。どんなに俺が上手かったとしても」
「え……」
「拓海には少しでも気持ちよくなってもらいたいし」

でも……。

「でも、俺だけ先にってのは……なんか嫌だ」
「拓海……」
「できるだけ……一緒がいー」

そうなんだ。そうなんだよ。
二人で一緒にやんのがセックスってもんだろ?

「ごめん、ワガママ言って」
「わかった。そういう可愛いワガママは大歓迎だよ。だけど……」

正成は俺の目の前で綺麗に微笑んでから言った。

「拓海がそう言うならもう初めちゃうよ?」



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