塩味ハニームーン

14




「……は……ぁ……っ」

大変なことになっている。
開始宣言直後から、正成は俺の劣情を何の躊躇いもなくくわえ込み、強弱をつけて吸い上げながら後ろを解し始めた。
初めこそ前への強烈な刺激で快感の大波にさらわれそうになった俺だったが、それを察知した正成はすぐに後ろの準備に取りかかった。
初めては快感でマスクしながらの方が良いっていう、あいつの気遣いなのだろうけど。正直後ろへの接触は、異物感というか何とも言えない不快感を伴うだけで、快感の糸口さえ掴めそうにない。それでいて同時に前には強烈な快感を与えられている。
俺の感覚はパニック状態で大変なことになっている。
男だから声なんて……って思ってたけれど。

「っ……ん……ぁあ……っ」

前言撤回。
漏れ出る声を自身のものだとは認めたくはないが、塞ぎようがない。

「拓海……大丈夫?」

なんて囁くように聞かれても。

「は……っ……んん」

微妙な目の動きで答えるだけで、まともな言葉なんか出てこない。

「ふ……っ……うぅ……んッ」

正成がまた指を増やした。
丁寧に解してくれているのだろう。痛みは最初からない。ただ、押し寄せる違和感だけには抗いようがない。

「だいぶ柔らかくなってきた……少しナカ、触るね?」

いちいち言わなくていいっつーの。何されたって、今の俺は受け入れるだけだ。

「……ッ!」

突然下腹部が痙攣した。

「な……に……?」

痺れるような想定外の感覚に、さすがに不安が首をもたげる。

「多分、ここがいいとこ。ヨクしてあげるからも少しじっとしてて」

腹の上辺りから聞こえる正成の声に、期待とない交ぜになった不安が俺の心臓をうるさく鳴らした。

「……ッ!やぁッ」

ビクンビクンと身体がしなる。
もはや俺の意志ではコントロール不可能。トリップしそうな初めての感覚が何度も俺を襲う。
それが快感なのかどうかすらわからない。そんな激しい電撃。

「拓海……良かった。こっちも感じられんだね」

正成がそう言うならそうなんだろう。俺は感じてんだろう。
思考はすでに飛んでる。
だから。

「そろそろいい……?」

あいつの最終確認にも、まともに返すことができなかった。

「拓海……好きだよ」
「ん……」

甘い囁きと、絡まる指。同時にに与えられたキスは、ぶっ飛んだ思考を少し呼び覚ましてくれた。
絡められた指がほどかれて、少し寂しく感じる。
正成……どこ……?
あ。足、開かれて膝抱えられて……。
状況を把握した瞬間。

「……ッ!!」

後ろに強烈な圧迫感。
指とは違う。全然違う。これが……。

「ん……ッ」

思わず引けそうになる腰を、必死で縫い止める。

「拓海……拓海……好きだから。大丈夫、楽にして」

逃げまいとすることで身体が勝手に強張っていたのだろう。
正成の言葉に息を吐きながら、今度は必死で力を抜く。

「ふ……うッ……ん……」

「拓海……ごめんね。も少しだから……」

謝る必要はない。言葉に出せないから、懸命に首を振った。
圧迫感は徐々にせり上がってくる。もう腹一杯、そんな感覚。

もうこれ以上は……、と思った時、正成が、ふーっと長く息を吐いた。
ゆっくり落ちてくる身体。密着する汗ばんだ裸の胸。

「俺……全部……拓海の中……」

あぁ……。良かった……。
きつく閉じていた瞼をゆっくりと開けると、俺を見下ろして柔らかく微笑む正成の視線にぶつかった。

「……まさな……よかっ……」

声にならない。
繋がれた……。安堵と湧き上がる幸福感。
ゆっくり瞳を閉じると、頬を温かいものが伝った。



思考は途切れ途切れ。
揺さぶられているのは、身体か頭か。自然と漏れる声も、自分でコントロールなどできはしない。

「拓海……拓海…っ」

俺を呼ぶあいつの声だけが、俺をここに繋ぎ留めている。そんな感じだった。

「イクよ……?」

短く宣言してから、俺の身体の奥で正成が震えた。
あぁ……これが。上手くできたかな……俺。ゆっくりと出て行く正成を感じながら、全身の力を抜いて朧気な意識の中で考えた。
すると。

「ごめ……拓海。俺だけ……」

ひどく申し訳なさそうな声がして。

「……ッ!」

しばらくぶりのダイレクトな刺激に、一瞬それが快感だとは理解できなかった。

「拓海もイってね?」

耳元で囁きながら、すっかり縮こまっていた俺の分身を握りこむ正成。あっという間に力を取り戻す。
吐精するまでにそう時間はかからなかった。

「そのうち一緒にイケるようになるから」

気だるい身体。足を絡め合いながら、繰り返し軽いキスを交わす。
交わりの後のこんな甘い空気は初めて味わうもので、俺は気恥ずかしさに何も言えないでいた。

「どうだった……?」

そんな俺に業を煮やしたのか、正成が答えにくい質問をしてきた。

「どうって……」
「ツラかったろ?ごめんな、止めらんなくて……」

答えに詰まる俺に不満の色を感じたのか、正成が謝罪の言葉を口にした。

「謝んなよ。どうって聞かれたら……、そうだな。良かった、かな」
「え……?」
「ちゃんとできて良かった、だよ」
「あぁ……」
「さすがに気持ち良かった、とまでは言えないけどさ」
「うん……」
「次は超気持ち良くしろよな」
「たく……みっ!」

ニカッと笑って言い切ると、足を絡めたままで強く抱き締められた。
蛇に巻きつかれてるみたいだ。

狭いベッドに仰向けで並んで、天井を見つめる。
正成は当たり前のように俺に腕枕しようとしたのだけれど、痺れるからと断った。
本音で言うと、やっぱり男が男に腕枕してもらうのは素面じゃちょっとな……ってとこなんだけど。
マニュアルはどうだか知らないけれど、俺たちの形は俺たちが作ればいいじゃないかって、そう思うんだ。

「合格おめでとう」

今日一日を思い返していたら、突然そう言いたくなった。

「ありがとう」
「サクラサク……、か」
「実際はまだだけどね」
「最初に例えた奴すげーよな。蕾で冬を越して我慢して我慢して春に開花って。まさに受験そのもの」
「日本のね。海外じゃ受験の季節違うからさ。そういう意味じゃ、日本の大学が9月始まりになるとかナンセンスだよね」
「だな。桜関係なくなっちゃうもんな」

海外にどっぷり留学してたくせに、正成はかなりの日本びいきだ。
だけど、俺もこれには賛成。

「やっぱり合格のイメージは桜咲く、だろ。達成感がさ、パーッと花開く感じで」

正成に同調するように言えば、あいつはこっちを向いてふわりと笑って言った。

「拓海も開いたな」
「……?」
「今夜、課題を達成しただろ?」

何を言われているのか理解すると、途端に頬が熱くなった。

「ばっ……!」
「まさに花開くって感じだった。すげーキレイにね」

狭いベッドの上、至近距離でそう囁かれた俺は、羞恥に硬直するしかなかった。

「……言ってろ!もう寝る!」

勢いよく背中を向けると、そっと回される腕。
後ろ抱きかよ。またあいつの思う壺だ。
そう考えながらも、背中に感じる幸せな温もりに、俺は微笑んでからそっと目を閉じた。



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