真昼の月

05




4. 孤立無援


体育祭明け、学校には今までどおり通っていたが、放課後の過ごし方を変えた。

「最近付き合い悪りーな、正成。なんかあんのか?」

武弘がつまらなさそうに言う。今日もカラオケの誘いを断ったところだ。
なんかあるのかと言われても、帰宅部の俺は部活を口実にできるはずもなく。確かに運動部の勧誘はいくつか受けたが、どれも丁寧に断った。
適当にヤボ用だとか言って煙に巻く。

授業が終わると、俺は即家に帰る。仮眠を取り、夜に備えるんだ。
一時控えていた夜遊びは、再開してから以前より激しくなった。
毎晩、いろんな男を渡り歩く日々。ネコの日もあれば、タチの日もある。顔見知りもいれば、初対面もいる。
俺の身体なんて、もうどうでも良かった。夜の俺『ナリ』は、夜の怪物に喰われちまえばそれで本望だと思った。



「は……っナリィ……はげしっ」
「イイんだろ?イケよ……っ」

今日も今日とて、違う男を組み敷いている。
俺の下にいる可愛らしい風貌のこの男は、こう見えて5つも年上らしく、誘い方も行為にも慣れていた。多少の手荒な前戯も、快感の引き金として享受してくれる包容力があり、俺はそれに甘えた。

腰を大きくグラインドさせ、最奥まで打ち付ける。
痛みを伴うのだろう。涎と涙を流しながら男は喘いだ。
何度か打ち付け、さすがに可哀想になり、少し腰を引く。
手前にある前立腺を、張り出した切っ先で抉るように刺激すれば、男は高い声で鳴いた。ネコやったことのある俺にとっては、突っ込んだ後どうしたら感じるかなんて簡単なことだ。

「あ……はぁんっ!ナリっ!……イイッ」

頭を激しく振りながら、白濁を撒き散らし、男はイッた。
キュッとしまる肉壁に、続けて俺も絞り取られるように欲望を吐き出す。

「もぅ……無茶するんだからぁ。ナリって第一印象と違うね。優しくてどっちかっていうとヘタレなのかと思ってた」
「ごめん……。ちょっとイライラしてて」
「ま、いーよ。ヨかったから。顔も俺好みだし、また会おうよ」
「ん……機会があればな」
「もぅ。ノリ悪いなぁ」

全く気乗りしてませんって返事になってしまい、相手の男は不機嫌そうにシャワーに立ってしまった。
相手を気遣う余裕なんて、今の俺にはない。
爆発しそうな行き場のない感情を、毎晩ベッドの上で吐き出し続けるだけだ。

全ては忘れるため。たとえ忘れることは無理だとしても、先生のことを考えなくてすむ時間が、俺には必要だった。
気持ちのないセックスは、虚しさを助長するだけだと分かっていても、これ以外発散の仕方を俺は知らない。
浴室のドアが開いて、幾分すっきりした風の男が出てきた。

「ふー。ゴムしてくれない奴とヤると時間かかって大変なんだよね……ってナリはどっちもイケんだったら知ってるか?ネコの経験ある奴とやる方が、そこは気ぃ遣ってくれるから楽だよね」
「あぁ、そうだな」

単純に、ゴム1枚くらいは隔てた関係でいいかと思って着けただけなんだけど。
好意的に取ってくれたみたいで良かった。

清算を済ませ、ホテルを出る。
ここは飲み屋街の端っこで、今夜は金曜日だ。人通りが結構ある。
と言っても一様に酔った人ばかりで、他人のことなんか一々見たりはしない。
それを分かった上でか、男が俺の腕にしなだれかかってきた。バリネコだからか、行為後も仕草がどこかオンナっぼい。

「なー、ナリ。連絡先教えといてよ」
「あぁ。それはいいけど……」

そんなやり取りをしてるときだった。

「い……いだ?」

至近距離で自分の昼間の名前を呼ばれ、俺は思わず振り向いてしまった。

「やっぱ飯田か?何やってんだ?」

振り向いたりせず、他人のフリで通せば良かった。そう思ったが、後の祭り。
そいつは隣のクラスのたしか西田って奴で、クラスが違うにも関わらず名前を知られてるくらいの言わば不良生徒。そいつがなんで俺の名前を知ってるのかは分からないが、この状況はヤバいということだけは間違いなかった。

「へぇ……。飯田ってそっち系なんだぁ?」

下卑た笑いを浮かべ、俺の正面に立つ。

「それ今夜の相手?結構可愛いじゃん。ま、俺は男興味ないけどな」
「……ほっとけよ」

なぜか執拗に絡んでくる西田にうんざりしながらも、とりあえずこの場での揉め事は避けたいと思い、連れを促して立ち去ろうとした。
すれ違いざま、西田が呟く。

「ガッコ、楽しみだな……」



月曜の朝、それでも俺は学校に行った。
どんなに夜遊びしても学校はサボらない。それはやっぱり先生の顔を見たいからで、つくづく未練がましい自分が嫌になる。

ただ、今朝の気分はこれまでと違う。足の重さが尋常じゃない。
西田が最後に呟いたセリフとあの嫌な笑い方から察して、間違いなくあいつは学校で俺の性癖をバラすつもりだろう。どんな形でそれが俺に影響するのか、ずっと隠して生きてきた分、不安は大きかった。

ガラリ、と教室のドアを開ける。

「はよー」
「っす」

先に来ていた級友からのいつもどおりの挨拶に、安堵しながら席に着く。
さすがに朝イチで噂なんて広がってたりしねーか……。

ホームルームのため教壇に立つ逢坂先生に、一瞬だけ視線を向ける。
あれ以来じっと見つめることなんてできなかったし、先生からも何のリアクションもなかった。先生の立場を考えると、ほとぼりが冷めるまではそっとしておくしかないってとこだと思う。
様々な揺れる気持ちに蓋をするように、俺は机に突っ伏して居眠りを決め込んだ。

昼休みのことだった。
教室で武弘と弁当を食ってた俺の前に、クラスでもちょっとワルぶっている木本って奴が立った。

「飯田、お前マジなのか?隣のクラスですげー噂になってっけど……」

あぁ来たか。覚悟を決めていた俺は、静かにそう思った。
用意していた答えを返す。

「どんな噂か知らねーが、俺がそっちっつーのは本当」

隠すのは諦めた。
失う恋などもう無いし、これ以上自分を偽って生きることに何の意味があるのかわからなくなっていたから。

「え?噂って何?」

武弘が木本に聞く。

「あぁ。飯田が……その、ホモっつーか……」

言葉を濁してくれた木本は、まだ優しい奴なのかも知れない。
木本が先を続けるかどうか迷っていると、踏み潰した上靴を引きずって歩きながら西田が入ってきた。

「よぉ。イケメンくん」

俺の前にやってきた西田は、相変わらず下卑た笑いを浮かべていた。

「……んだよ。何か用か?」
「いや、お前のおホモダチを見に来てやったんだけど?こないだの奴とまたえらくタイプが違ぇな」

武弘を下から舐めるように見ながら、西田が言う。

「こいつはそういうんじゃねぇよ」
「どうだかな。……しかしオンナ振りまくってるイケメン君がガチでホモだったなんてな。マジ笑えるわ」
「……」

これ以上付き合っていても時間の無駄だ。
俺は武弘にちょっと出てくると言い残し、立ち上がった。
武弘の困惑した表情が見えたが、自分に向けられる西田の悪意の根拠が分からず、対処の仕様がなかった。とりあえずその場から逃げる選択をした俺は、この時武弘を残して行ったことを、あとで後悔することになるとは思わなかった。

勢いで教室を出てきた俺は、昼休み終了後も戻る気になれなかった。何より今日我が身に起こったことについて、これからどうしたら良いのか一人で考える時間が必要だった。
授業をサボるなんて滅多にしない俺だったから、どこに向かうかは迷った。定番の屋上に行けば、サボりの常連な西田たちに鉢合わせるかもしれない。かと言って保健室に行くのも違う気がする。
宛もなく校内を歩いていた俺は、フラリ吸い寄せられるように入った中庭の片隅にベンチを見つけた。人気はないし、角度的に校舎からも見えない。
腰を下ろし、空を見上げる。曇り空に、冷たい風が頬を刺す。

そういえば先生はあの時……。
勢いでコクってしまった俺を、気持ち悪がることはなかった。
拒絶はされても、俺自身を否定はされなかった。

どうなんだろう……。
先生と比べたら人生経験も知識も全くない高校生に、理解してもらえるんだろうか?
理解してもらえるように、俺は自分を語れるんだろうか?
まとまらない考えに苛立ちが募る。
授業終了のチャイムが鳴り、仕方なく立ち上がった。
ホームルームだけは、サボれない。先生に余計な心配をかけたくはない。

重い足取りで教室に戻った俺を迎えたのは、冷えきったたくさんの視線だった。
想定内だったが、いきなりはキツい。
どう話せば良いのか考えていると、武弘が前に立った。

「……マジでなのか?」

西田の言ったことについてだろう。否定はできない。

「あぁ」

「……っ!お前のこと親友だと思ってたのに……」

いつも明るい武弘の、こんな表情は初めて見る。
上ずって揺れた声に、弁解の言葉も見つからなかった。

「ごめん……」

そう言うしかなかったんだ。
とてもじゃないが、先生の顔なんて見られなかった。
ホームルームを俯いたままで聞き流し、終了後すぐさま席を立った。
いつも一緒に帰っていた武弘。どう声をかけていいか分からず、俺は逃げるように帰途に着いた。



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