真昼の月

06




止まってしまった俺の時間に関係なく季節は進み、12月も半分過ぎた。
相変わらず学校には通っているが、もはや惰性でしかない。
起きて着替えてただ歩くだけ。学校っていう目的地があるだけマシな気がする。
恋も友情も失った俺の人生には、何の目的もない。
自分を偽り続けた罰なのか?心底どうでもいい……。
昼間の『飯田正成』は、死んでるも同然だ。夜の『ナリ』だけが、辛うじてこの肉体を生かしてくれている。

惰性で通う学校では、誰と会話をすることもない。
逢坂先生の心配そうな視線は気になったが、先生もフッた手前声をかけあぐねているのか、俺が逃げ通せば無理に捕まえようと行動することはなかった。
寂しいって言えば嘘になる。でもどうすることもできない。
俺は、俺を表現する術を知らない。

その夜もクラブで引っかけた割りと見た目がタイプの奴と、ホテルに行った帰りだった。

「飯田……?」

声をかけられて振り向くと、同じクラスの木本が女連れで立っていた。

「あぁ、やっぱり。こんなとこで声なんかかけてごめん」
「あぁ別に……」

学校の知り合いと話したのなんてどのくらいぶりだろう。
女帰すから少し話せるかと聞く木本に頷き、俺も連れと別れた。
俺がこうなる以前もあまり付き合いのなかった木本だが、一体何の用なんだろう。そう思いながら深夜の繁華街を並んで歩き、深夜営業のコーヒーショップに入る。
素直に木本に着いてきた自分は、やはり他人との交流に飢えているのかもしれない。

誰とも関わらず、存在を消して過ごしたい俺。
誰かと関わり合って、理解されたい俺。
矛盾する二人の俺がせめぎあう。

「ガチだったんだ?」

コーヒーを片手に木本が話し始める。
からかうような口調でないそれに、少し安心して口を開く。

「見てのとおりだよ」
「そっか……。あのさ、佐々木とは……」
「武弘とはあれから口もきいてない」
「やっぱそうなんだ?じゃあ、あの時西田が佐々木に言ったこととか知らねーんだ?」

あの時……。俺が教室を出た後のことか。

「知らない」
「そっか……。俺がしゃしゃり出んのもどうかとは思うんだけどさ。ちょっと気になるから言っとくな」
「……」
「西田、お前が佐々木に気があんじゃねーかって言ってたんだ」
「え……」
「デキてんだろ、とかキモいとかさ。俺こんなだから西田とつるむこと結構あったんだけど……。あんな嫌な奴だとは思わなかった」
「デキてないし……。俺、武弘はマジでダチで……」
「だろ?まぁ仲は良かったもんな。誤解する奴が多いのは仕方ねーんだけど……」
「そっか。俺とつるんでると武弘までホモって言われるのか」

俺は助けてやれねーけどごめんな、と木本は言い残し、夜の街で別れた。
俺が自分を否定しなかったばっかりに、武弘があらぬ疑いをかけられているなんて思わなかった。
学校で俺が孤立してんのは、ある意味自業自得だ。だけど武弘は巻き込まれただけで。
武弘を救うためにはこのまま距離を置くしかないのか……。

あの空間に俺がいるだけで、武弘が片身の狭い思いをしてるんじゃないのか。
教えてくれた木本には感謝こそすれ、恨む気持ちは全く沸いてこなかった。むしろ、これまで知らなかった自分に嫌気がさした。
人と関わらないように。空気のように生きていても、存在するだけで俺は誰かを不幸にするのか……。
茫然と夜の街を歩きながら、俺は完全に学校に居場所を無くしたことを悟った。




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