真昼の月

09




7. 近づく距離と白昼夢


広野をもっと知りたいと思った俺は、迷うことなくあいつの所属する生物部に入部した。
運動部と違って、活動頻度も内容も弛めだったことも、入部の大きな決め手だった。
……が。何よりも。
広野がこのために在籍しているのだ、と言わんばかりに推す合宿という名のサバイバルキャンプに、興味を持った。
相変わらず真っ直ぐな眼差しで、キャンプを熱く語る広野にしてやられたのかもしれない。あいつの語りは、本人の意図とは関係なく、一種のプレゼンになっている。
だけど、広野の夢中になれることを知りたいと思ったのは事実だった。

入部してみると、簡単な実験や生物室で飼っているメダカの世話なんかが活動の主体で、即席入部の俺でもすぐに馴染めた。
腕まくりして水槽の掃除をする俺を、意外に似合うと笑った広野は、俺のことを見た目と違って話しやすい、と言ってくれた。たったそれだけだったが、広野に好印象を持たれているということが単純に嬉しかった。

「ナリ、カラオケ行こうぜー」

ある日の放課後、陣内が誘ってきた。
聞けばこないだの女の子たちに誘われたとのこと、それだけでも十分行く気は失せたが、何よりも広野と図書館に行く約束をしていたので、一も二もなく断った。
お前がいないと女の子の食いつきが悪い、とかなんとか愚痴られたが、知ったことじゃない。お前の魅力でなんとかしろよ、と思う。

広野と約束がある、と言った俺に、陣内が聞き捨てならないセリフを吐いた。
なんで広野と仲いーんだ、と聞く安藤に続いて、

「あいつ超普通じゃん?てか、どっちかっつーと暗め?メダカの世話とかさ、お前もよくつき合ってやるよな」

さらには、テスト対策要員か?と。
そうのたまう陣内は、サシであいつと話したことがないから分からないんだ。
この場で広野の魅力について力説する訳にも行かず、俺はただ、

「あいつ、なんかいーなって思って」

と曖昧に答えた。



いつものように図書館に着き、並んで座る。

「はい、これ日本史の」

おそらく自分でもまとめ直したであろうノートを渡される。

「ありがと」

受け取り、ページを開く。目に飛び込んでくる画像は、手書きにも関わらず、どんな参考書よりも分かりやすい。
アートだ、と広野本人に言う。
照れたような笑い顔。相変わらずエクボが可愛い。
しばらく黙々とノート転写に励んでいたが、午後からの体育のせいか眠気が襲ってきた。
広野に断ってから机に頭を預け、目を閉じた。



「正……成?」

聞きなれたはずの声が、なぜかかすれている。
しかも……名前?

「っ……広野?」

瞼を開けると眼下に広がる想像を絶する光景に、俺は絶句した。

「……な……んで……?」

俺は広野を組み敷いていた。
いつもは凛とした目元が、潤んでこっちを見ている。
はっきりと色を含んだそれはまさしく最中のもので。

「も……早く……きて……正……成っ」

上気した白い肌は薄紅色に染まり、腕が俺の背中に絡みつく。
途切れ途切れに俺の名前を呼ぶ声に、理性がキレた。

「……拓海っ」

夢中で広野の名前を呼んだところで意識が急に浮上した。
夢だとはっきり自覚するまで、俺は動けないでいた。
覚めないでほしい。もっと広野と……。
そんな思いで目を閉じたまま、静寂の中を過ごす。
しかし、夢の続きに戻れる訳もなく、俺の耳は徐々に周りの音を拾い始めた。

ペンを走らせる音。ページをめくる音。
そうだ。ここは図書館で、隣には広野本人がいる。
しばらく気持ちを落ち着けてから、俺は目を開け顔を上げた。

「俺、なんか寝言言ってなかったー?」

一応心配になって聞けば、

「別に。夢でも見た?」

とあっさりした答え。

「ん、言ってなかったなら良いや」

やはりどんな夢かと聞かれる。

「……お前が」
「俺?」
「出てきた、それだけ、おしまい!」
「はぁ?気になるじゃん!」
「……気にしてろよ」

軽口で締めくくる。
言えるわけがない。お前とヤってた夢だなんて。
でも気にしていてほしい。これだけは本音だった。



それにしても……。
広野と――全くそういう対象として見ていなかったあいつと――ヤる夢だなんて、俺も相当たまってるな。
こっちに来てから遊びはやめたし、一人ですることもあまりなかった。そろそろ抜かなきゃヤバイな……。そんな思いで夜を迎える。
畳に敷いた布団の上。

「……っ……ん」

右手で自身を擦り上げる。
久しぶりの行為に感度は良く、あっという間に昇りつめた。

「は……っ」

イキそ……。
ぎゅっと目を閉じれば、浮かんでくるのは昼間見た広野の潤んだ瞳。

「……た……くみっ」

夢の中、一度だけ呼んだその名前を呼びながら果てた。

「……っ……はぁ……」

俺は絶望した。
広野をそんな目で見始めた自分に。



俺の中にくすぶる薄暗いやましさとは無関係に、時は過ぎてゆく。
広野のノートのおかけでテストも好成績で乗りきり、季節は梅雨に入った。
昼休みを屋上で過ごせなくなった俺たちは、自然と広野や渡部と過ごすようになり、徐々に陣内や安藤もなじんできた。

広野とは、相変わらず学内だけの付き合いで、陣内や安藤も女の子たちとの遊びに奴らを誘ったりはしない。その距離感を保つことに、やましい思いを抱える俺は安堵していた。けれど裏側で、もっと広野と関わりたいと思う自分もいて、その矛盾に苦悶する日々が続いた。

ただ、自分の考えてることを、真っ直ぐ伝えるように心がけることだけはしたい。それが俺の自己表現の第一歩になるかもしれないから。

広野を小動物のようだと言う仲間に、

「俺もかわいーと思うよ」

と正直に言った。
頬を染め、照れたようにそっぽを向く広野に、胸が苦しくなった。



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