真昼の月

10




顔を出し慣れてきた部活で、その日はあのキャンプもとい合宿の打ち合わせがあった。
部活OBの所有する無人島に行くだなんて、予想以上にすごいイベントだ。
淡々と進む部長の今橋の説明に目を輝かせる広野を見て、本当に楽しみにしているんだな、と思った。

その広野が突然、海は好きかと聞いてきた。
もちろん好きだと答えると、あいつは海について語り始め、将来は海洋生物の研究みたいなことをしたいとまで教えてくれた。
また一つ、広野について詳しくなったことが嬉しくて、俺もさらに話を振った。

夜の海について。
静寂の中に響く潮騒の音。潮のかおり。それから……。
――満月の夜にできる、あの光の道。

うっかり熱弁をふるってしまい、広野に

「お前って、けっこうロマンチスト?」

なんて言われてしまった。



日常は淡々と過ぎ、気づけば期末テストも終わって夏休み間近となっていた。
この頃には俺は、自分オリジナルのノートを作れるようになっていた。本当はもう、広野に写させてもらう必要はなかったけれど 、二人での図書館通いの習慣は続けたくて、そうあいつにお願いした。

俺を気にいった子がいるらしく、陣内と安藤に女の子連れでの遊びに頻繁に誘われるようにもなった。全く気乗りしない俺は、それでも5回に1回はダチ孝行と思い渋々参加していた。
渡部が、たまには俺たちも連れて行け、と言う。この場合の「俺たち」には広野を含む訳で。
ノンケで奥手そうな広野に、女の子を会わせたくはなかった。免疫のないあいつは、容易に転がりそうで、それが嫌だった。

単なる醜い嫉妬心だって分かっている。ゲイの俺が、ノンケの広野に嫉妬したところで仕方ないってことも。
嫉妬したり、妄想したり。俺の広野に対する感情は、もうただの友情や興味ではないと自覚していた。

俺は広野に恋をしている。
多分、かなり前から。

興味を抱いた時点で、恋は走り出していたのかもしれない。逢坂先生の時とは全く違う感情の動きに、自覚が遅れただけ。
その優しさに包まれたい、と思ってやまなかった先生への恋心と、全く違う広野への感情。真っ直ぐなあいつに焦がれ、そうなりたいと願う裏で、あいつの揺れる瞳に自分を映し込みたい欲望が渦巻く。
恋する気持ちは、こんなに多様なんだと知った。

口には出せないけれど、そばにいて想うだけなら良いだろうか。
広野を巻き込む訳には行かないし、何より今の俺には上手く気持ちを伝えられる自信がない。



長い梅雨が開けたと思ったら、夏休みはすぐにやってきた。
学内での付き合いしかない俺と広野にとって、このままでは長い休みの間、全く会わない可能性が極めて高い。そもそもお互いの携帯番号すら知らないのだ。そんな友人関係すら怪しい間柄で、俺は勇気を振り絞って広野に連絡先を聞いた。

「たまには会おうよ。宿題とかやりに市立図書館行っても良いし……」

できるだけ軽く聞こえるように。
意外に広野の反応は良く、そればかりか遊びに誘ってもいいかと少し照れながら尋ねられた。
広野のことを、恋愛対象として見始めていた俺は、その言葉と表情に内心狂喜乱舞した。
広野の中に、種類は違っても俺への好意的な感情があること。それだけで良かった。
……その時は本当にそう思っていたんだ。

待ちに待った広野からの遊びの誘いは、夏休み5日目に送信されてきた。
浮かれる俺だったが、ノープランだと言う広野に合わせ、行き当たりばったりで遊ぶことにした。本当は映画だとか夜景だとか、デートまがいなことがしてみたかったけれど。
初めて見る私服の広野は、本人の性格そのままにシンプルな出で立ちで、それでも胸が高鳴るのは、もう惚れた欲目としか言い様がなかった。

まさに行き当たりばったり。高校生のダチ同士の遊び方としては超王道に、ゲーセン、ファーストフード、街歩きと過ごした。
驚くことに、これまで全く学外での付き合いをして来なかったとは思えないほど、俺たちは気が合った。ダチとして遊んだだけでも、こんなに楽しい一日を過ごせるなんて。
広野もそう思ってくれていたら良いんだけど……。

二人で一緒に過ごす時間が心地良すぎて、時々想いが溢れだしそうになる。
見つめ過ぎていないか。
触れ過ぎていないか。
俺からはとても遊びになんて誘えなかったが、顔が見たくて3日と開けず図書館には誘った。

毎日会えなくても、毎日メールはできる。
友達として不自然でない程度に、内容的にはどうでもいいメールを送ると、広野からもすぐにレスがある。内容はさておいても、毎日こうして繋がっていられるだけで嬉しかった。

恋っていいもんだな……。
片想いなことには変わりないが、先生に恋をしていた苦しい時期とは何かが違う。それは俺の気の持ち様なのかもしれないけど。
自分の性癖に悩み、しかし諦めとスレた日常に絶望的になっていた毎日。
欲望を抱きつつも、こうして良い関係でいられることで、切ない片想いの中にいても心は安定している。

「おやすみ……、と」

毎晩の習慣になっている、その日最後のメールを送信する。
この言葉をあいつの傍で囁けたら、どんなにいいだろう。
甘く切ない想いを抱え、一日が終わる。



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