ムーンライト パレード

03




2. 梅雨、俺はあいつを……。


6月。
梅雨に入って俺の日常は少し変化した。
昼休み、屋上でメシが食えない飯田たちが教室にいるようになった。といっても基本俺と渡部、飯田と陣内安藤、と分かれているのだが、奴らは結構近くに陣取るようになった。

「なー広野の弁当って母ちゃんの手作り?」

たまに安藤も話しかけてくる。

「うん。オヤジの分もあるからついでだって」
「オヤジがついでじゃねーの?」

と陣内。

「ぷ。ありえる」

安藤が吹き出し、そのやり取りを見て飯田はニコニコしていた。
てか、こいつら俺のこと「超普通、むしろ暗め」とか言っといてなんなんだ?
なんで最近絡んでくんだ?疑問に思ったんで、ぶつけてみた。

「なぁ、陣内たちって最近なんで俺らに構うんだ?」

隣で渡部が、何言い出すんだとばかりに眉を上げ下げしている。

「おま、直球……。んー強いて言うなら興味本意?」
「興味?俺が珍しいかぁ?超普通だろ」
「……根に持ってんな。ちげーよ。こいつ、ナリがなんでお前にはまってんのかっていう興味?」

はまっ……?

「じーんちゃん、あんま広野困らせないでね」
「ま、確かに超普通のくせに堂々としてるし、よく見りゃ小動物的なとこもあんな、愛玩系の」

あ、愛玩って……。
てか、飯田は?俺のことどう思ってんだろ?
聞くに聞けなくて、でも知りたくて、俺は飯田の方をじっと見つめた。
飯田はちょっと肩をすくめて、いつもみたいにヘラッと笑った。

「俺もかわいーと思うよ」

…………かわいい?……かわいい…………。

どう考えたって男子に対する誉め言葉だとは思えなかったが、梅雨のじめじめでどっかサビちゃってる俺の脳はなんか喜んでた。渡部が隣で目を見開いていたが、それはスルーした。

「……かわいーとか、ナリまじ沸いてんな」

と安藤。別に安藤にどう言われたって、気にもならない。
俺が気になるのは……
は?気になる?……いやいや、やめよう。このネタは強制終了。
俺は頭をぶんぶん振って、開きかけた心の扉を無理やり閉じた。

「そだ、ナリさー。来週火曜放課後ヒマ?」

思い出したように陣内が言った。

「火曜……特に予定ないけど、何?」
「前に言ったろ。次は来いって。お前のファンがうるせんだよ」
「……ファンって。どこで知ってんだかわかんねぇし、俺ちょっと怖いなー。」
「大丈夫だって。かなりレベル高い子多かったし」
「えー。でもなぁ。そういう一方的なのって……」
「つべこべ言わずに握手会とかファン感謝デーだと思って参加しろ!……てかたまにはダチ孝行しろ!」

話の流れ的には、多分三女の飯田ファンが本命に会わせろと陣内をせっついていて、そろそろ連れていかないとマズイ、って感じか?
ま、俺にとってはどうでも良い。
飯田、せいぜい頑張れよ、握手会。



7月。
金曜日、放課後。今日は週1の部活日だ。

「……というわけで夏休みまであと1ヶ月切ったんで、実験すんだら合宿の打ち合わせに入りたいと思います」
「部長ー。今年はどこ?」
「はいはい、皆さん気になるとこですね。今年は……なんと!」
「なんと?」
「OBの鈴城先輩のご厚意で、鈴城家所有の無人島に行けることになりました!」

部長の今橋と佐川の会話を聞きながら、斜め前にいる飯田の顔を盗み見る。
白衣姿もサマになってんな。俺が着たらちょい背伸びした給食当番の小学生って感じになるのに……、くそ。
俺の視線に気付いたのか、飯田はパッと振り返って興奮ぎみに言った。

「む、無人島だって!マジで?」
「……あー。マジだろうよ。鈴城先輩って超ボンボンだから、島の一つや二つ持ってそうだしな」
「すげー!なんか楽しみになってきた!」

うちの部は文化部の中でも人気がないので、部員は少ない。
2年は生真面目メガネな部長の今橋と、騒がしい佐川、俺、新入部員の飯田。1年はガタイが良く柔道部と掛け持ちしてる阿部と、ちっこい小須田の二人。
あと合宿とか文化祭みたいなイベントは、中等部も合同になる。
と言っても、中等部は3年生2人しかいない。アニオタの乃村と加藤。漫画研究会にでも入れば良いと思うんだが、部員不足で存続が危ぶまれるため小さなことを気にしてはいられない。
それから顧問の倉本先生。ヒゲでいかにも理系の先生って雰囲気だ。

こんなメンツなので、部長の今橋をフォローすんのは必然的に俺になる。まぁ生き物は好きだし、部長みたいな表に立つポジションよりも裏方の方が向いてる気がするし、別に不満はない。

進学校の高2なんで、進路のこともおぼろ気ながら考えている。
俺は海が好きだ。物心ついたときから水遊びに始まり、素潜りしたり遠泳したり、ただ漂ったりとにかく海に居られるなら幸せだった。
特別ロマンチストな方ではないと思う。でもなぜか海は、俺の全てを知っていて包んでくれる。そんな気がしていた。
生き物と海。そんなわけで俺は漠然と、海洋生物に関わる進路を考えていた。

「な、飯田」

実験も終わり合宿の打ち合わせ中、俺はなんとなく飯田に話したくなった。

「お前は海って好き?」

飯田は少し不思議そうな顔をしたが、ゆるく口角を上げて答えてくれた。

「好きだよ。潮のにおいっていいよな。海が近くなってくるとにおいでワクワクする」
「そっか。俺も超好き。子供のころは夏になると近くの海水浴場に週3ぐらいで通ってたんだ。さすがに高校上がってからは減ったけどな。将来海に関わる仕事したいって思うくらいに好き」
「すげー。そんなに?仕事って……ライフセーバーとかダイバーとかそういうの?」
「……キャラじゃないだろ。俺、海洋生物の研究とか興味あるんだ。進路もそっち方面考えてる」
「マジ?進路とか俺全然だよー。すげーな、広野は。なんてか、ビジョンがすごい」
「好きなものがハッキリしてるからかな。好きなもの以外はあんまり興味わかないんだ」
「頑張れよ!好きな仕事一生できたら良いな」
「ありがと……」

力一杯応援されて、ちょっとくすぐったい気分になった。
今度はこちらに向き直った飯田が聞いてきた。

「……広野はさ、夜の海って行ったことある?」
「ないけど……」
「俺、海好きって言ったけど夜の海は特に好きなんだ。月が出てたりして水面に映ってると最高。波に揺れる月影が何とも言えない。満月だとさ、海に映る光の道ができるんだ。それに夜はさ、潮のにおいも潮騒も、昼間の何倍もハッキリ感じるんだわ」
「夜か……お前ってけっこうロマンチスト?」
「あ、ばれた?」

茶化すように言うと、飯田もいつもの調子でヘラッと笑った。

茶化さずにいられなかったんだ。
夜の海の話をする飯田の眼差しが、とてもタメとは思えない大人びたもので。

――俺は心臓がたしかにドキンと跳ねたのを感じたから。



Copyright(C)2014 Mioko Ban All rights reserved. designed by flower&clover
inserted by FC2 system