ムーンライト パレード

04




週明け、火曜日放課後。
今日は飯田と図書館の約束もないし、家に帰ってゲームの続きでもやろうと最寄り駅までの道を一人歩いていた。

「マッジで?」
「てか、ありえなくなーい?」

駅前でデカイ声で騒いで目立ってる集団がいた。

「同じ制服じゃん……。迷惑な……」

近づくにつれ、それが見知ったやつらだと気付いた。

「女連れかよ……」

そういや火曜日暇かとか言ってたな、陣内が。
陣内、安藤と飯田が、三女の制服を着た5人くらいに囲まれてた。
かなりスカート丈が短い。三女はお嬢様校なので間違いなく校則違反だろう。化粧もケバいな……。

「お、広野じゃね」

安藤が気付いた。
気付くなよ、今日はお前らと関わりたくないんだ。

「ホントだ。広野ー今帰り?」
「……うん」
「俺も帰ろっかな」

く、空気読め!飯田!

「えぇーっ!ナリくん帰っちゃうのぉ?ナリくんいないとかマジないしぃ」

一際ケバいのが言う。
睨むな!俺のせいじゃねー!

「……たまには付き合ってやれよ。じゃあな、飯田」

俺は片手を上げると、飯田の顔を見ないように小走りで改札を抜けた。
後ろでカラオケ行こうぜー、とか言う陣内の能天気な声が聞こえた。

だよな。
あいつ、モテるんだよな。イケメンだしな。
なんか当然の現実を目の当たりにして、ちょっと腰が引けてる自分に気付いた。
そもそも縁なさそって思ってたもんな。

電車のドアにもたれて音楽を聞く。なんてことない、いつもの帰り道。
車窓を過ぎるマンションを数えてみたり。
……したものの、結局うわの空で。
結局、飯田は帰らなかったんだろうな。カラオケ、行ったのかな。あいつは何歌うんだろ。
やっぱ隣にはケバいのが貼り付いてたりすんのかな。あのケバい女みたいに飯田に本心丸出しでぶつかれないよな、俺。

ていうか、そもそも本心てなんだ?俺は何をしたいんだ?
混乱する。
飯田がいつも俺を気にかけてくれるのが当たり前で、俺が自分から飯田を気遣うことなんて、なかったから。

なんかクサクサする。
俺の知らないあいつが、今ごろ女に囲まれて楽しくやってるとこを想像してしまう。

……いかんいかん!なんのヤキモチだ?友達とられて悔しい、とかそんなのか?
渡部とか他の奴には、そんなこと感じたことなかった。

あいつの、飯田の俺を見るときの柔らかい眼差しとふわっとした声を思い出す。無性にあいつに会いたくなった。
……やめよう。俺は俺だ。
これまでだって、特に誰かに執着したことなんてなかったじゃないか。

「……そうだ」
「海見に行こ」

学校の帰り道なんでもう夕方だけど、幸い俺の家の最寄り駅から海まで2駅だ。
俺は昔から、何か煮詰まると一人で海を見に行く。寄せる波、引く波を眺めていると、俺の悩みごとなんか小さく思えてくるんだ。あんまりダチに相談とかしないんで、お前は自己解決がうまいんだろうって言われたりもする。

違うんだ。
海が、俺のモヤモヤを全部流してくれてたんだ。

電車から見える流れる景色はいつもの街並み。
俺は少し笑みを浮かべて、いつも降りる駅を通過した。

海岸近くの駅に降り立つ。
もう潮のにおいがしてる。海開きまでもうすぐだ。
夏は、日が長い。

「……あっちぃ」

スニーカーがシャクシャク砂を踏みしめながら、俺の後ろに足跡を作った。

「……ぃよっと!」

海辺を少し歩いた後、コンクリートの階段に腰かける。さっき駅で買った、ペットボトルのスポーツドリンクのフタを開けた。
日が長いと行っても、もう夕方だ。さすがに日差しが眩しいなんてことはない。
俺は水平線に目を向けた。

ザザ……ザザ……
潮騒が単調なリズムを刻む。生ぬるい風が潮のにおいを運ぶ。
何を考えるでもなくしばらく俺は、ただ水平線を見つめていた。

「……日が暮れるな」

ふと気付けば、空の下半分がうす紫色に変わり、日没を告げていた。

「夜の海……、か……」

俺は膝を抱え、目を閉じた。波の音がする。
頭の中、飯田の声が聞こえた。

『夜の海は特に好きなんだ。……潮のにおいも潮騒も、昼間の何倍もハッキリ感じるんだわ』

あいつって顔に似合わずロマンチストだよな……。夜の海、あいつと見たいな……。
気付けば俺は、飯田のことばかり考えていた。
夜の海を一緒に見たい、だなんてダチに対して考えることか?
あいつの人懐っこいヘラッと笑う顔、満月が海に光の道を作るんだって話したときの大人っぽい顔、俺の頭の中で浮かんでは消える。

『あいつ、なんかいいなって』

思い出すと、今度は顔が熱くなる。
完全にアレだ。やられてる。

――この感情は、恋に限りなく近い。
断定はできないが、自覚せざるを得なかった。

自覚はしたが、俺は即行自分の気持ちを否定した。
だいたい俺はホモじゃない。普通に女の子が好きで、夜のオカズも女の子だ。
たまたま男子校にいるから彼女いないだけで……。中学のころは普通にコクられたし、それでちょっと付き合ったりもした。あんまり盛り上がらなくて1ヶ月でフラれたけど…。

とにかく。
これは恋、では、ない。
限りなく近いけど。

きっとアレだ。深い友情ってやつだ。
今よりもっと飯田と仲良くなれば、満たされる感情なんだ。

気付けば期末テストが近づいていた。
テストが終われば夏休みだ。



Copyright(C)2014 Mioko Ban All rights reserved. designed by flower&clover
inserted by FC2 system