ムーンライト パレード

05




「広野ー」

相変わらず、飯田との放課後図書館生活は続いている。

「行くか、図書館」

俺も飯田ともっと仲良くなるべく、3回に1回は積極的に図書館に誘うようになっていた。

「見て見て!」
「……ノート?」
「そ、俺のオリジナルのやつ!」
「オリジナルって……」

苦笑しながら飯田のオリジナルノートとやらを開く。

「おっ!見やすいじゃん」
「だろ?俺すごい?中間のあとから頑張ってたんだわー」
「これだと俺の写す必要なくね?」
「えぇっ……それは……、そうだけど、ま、でもテストだし。一緒に勉強しようぜっ」

焦ったように、飯田が言った。逆に俺は、ほっとした。
俺も正直、自分で必要なくね、とか言っといてすぐヤバいって思ったんだ。
飯田との接点が、少ない接点のひとつがなくなるって……。

「普段どんなふうに勉強してんの?」

そういやこいつ頭良かったな、と思いながら俺は飯田に聞いてみた。

「んー。俺は教科書熟読派かな。テストに出ることって、ほぼ教科書に書いてあるだろ」
「教科書か……。だよな」
「あと数学とかは1冊の問題集を繰り返し解くかな」

なんか、シンプルだな。

「いろいろ準備したりとかあれこれ手ぇ出すの、好きじゃないんだ。俺って一途なんだぜ?」

そう言って、飯田はヘラッと笑った。
笑顔に当てられて、俺はしばらく表情を作るのを忘れていた。

下校時刻になり、俺たちは連れだって学校をあとにした。
図書館帰りは駅までの道を二人で歩いて帰る。俺はそこから電車で2駅。飯田はバスに乗るらしい。
いつもたわいもない話をしながらその10分ばかりの道を歩くんだけど、今日は少し違った。さっきの勉強の仕方の流れだったんだろうか。

「俺さ」

飯田が話し始めた。

「お前のノートみたいに、人にわかりやすく表現したいって言ったじゃん?」
「あぁ。言ってたな」
「なんとなく将来のこと考えてて。俺、外国行きたいの」
「……外国?」
「うん。いろんなものを見たいし、いろんな考え方に触れてみたい。それで自分をちゃんと表現できるようになりたい」
「……役者になりたいのか?」
「うぅん。まぁ、役者ってのも魅力的ではあるけど。なんてか……」
「例えばサラリーマンになったとしても、自分の言いたいことを相手に的確に伝えられるようになりたいんだ」
「前言ってたプレゼン能力だな」
「そー。うまく表現できれば誤解されない」
「お前は誤解されたりしない性格に思えるけど?」

マジメに正直に、俺は言った。飯田の持つ柔らかい人当たりの良さは、人間関係上のトラブルとは無縁に思えたから。
飯田は形の良い眉を少し寄せて、笑って言った。

「誰にでも理解できることばかりじゃないんだよな」
「……?」
「俺だって、誤解されるよ。大事なことは特にね」

そう言うあいつは、少し寂しそうだった。
気の抜けた車掌のアナウンスが流れる。特に気の利いた返事もできず、降車駅に着いてしまった。

「じゃあ、またな」
「あぁ、また明日」



昼休みの教室はにぎやかだ。
梅雨はまだ明けておらず、飯田たちは教室でたむろってる。

「ナリー、いいかげん良いだろ?」
「何がよ?」
「ユミちゃんにメアド教えろってずっと言われてんだよ」

あぁ、こないだのカラオケの女の子かな。積極的だなぁ。

「陣内が教えてやれば?」
「ちっげーよ!お前のメアドだよ!俺のだったら即教えてるよ」
「……やだ」
「なんでだよ?かわいーじゃん、ユミちゃん」
「かわいいかもしれないけど、タイプじゃない」

き、切り捨てたぞ。
良いなぁ、イケメンは。選び放題か?

「贅沢言うなよ。彼女いないんだろ?」
「……いないけど」
「付き合えって言ってるわけじゃないんだよ。メアドだけだって」
「その先に応えられないから嫌だ」

「……んだよぉ。板挟みの俺って可哀想!…何お前、好きなやつとかいるわけ?」

思わず俺は聞き耳を立てた。

「……今はあんまり女とか興味ない」
「はぁ?つれねーな」

好きなやつ、いないのかな?結局そこのところ、答えは聞けなかった。
……てか、聞いてどうすんだよ!

「広野、なに頭ふってんだ?」

安藤が不思議そうだ。

「な、なんでもない!」
「いいよなぁー。イケメントリオは……。三女となんて、俺ら全くご縁なしよぉ」

飯田たちとつるむことにだいぶ慣れてきた渡部が言った。

「まぁそう言うなよ。そのうちお前らも連れてってやるよ」
「マジで?楽しみにしてるぜっ。彼女と楽しい夏休みー、夢なんだよな……」

勝手に夢みてる渡部は放っておこう。

期末テストも無事終わり、俺は41位という好成績をゲットして、楽しい夏休みを迎えられることになった。
ちなみに、飯田は9位。ホント頭良いんだよな。
一緒に勉強してて思うけど、理解力というか頭の回転がハンパない。
1を聞いて10を知るって言うのか?凡人の俺らとは構造が違うんだろうな。
チャラ系イケメンの上に頭も良いなんて嫌味なやつ……ってダチじゃなかったら思ってたかも。
同じチャラ系でも……、

「うぉぉぉっ!初の200位入りっ!」
「マジでぇ?おめでとーじんちゃん」
「そういうお前は……、120位かよ……ちっ」
「追試に補講、ったりーな……。いーよな、ナリはぁ」

という陣内安藤コンビ。なんか見た目的にこっちのが自然だな。
あ、飯田、笑ってる。
おバカなチャラ友を見てヘラッと笑う飯田を眺めてたら、突然振り向いた。

「そだ、広野ー」

やべ。見すぎた?

「夏休みじゃん?メアド教えといてよ」

……そうなんだ。
ダチだっつっても、俺らは所詮学内どまりだったわけで。ケー番も、メアドも知らない。
学校に来れば会えるから、必要性を感じなかったんだけど。

そうか、夏休みか。学校がなければ、会えなくなる。
改めて俺は、飯田とのつながりの頼りなさを痛感した。
なんかあのユミって子が、メアドゲットに必死だったのもわかる気がした。


「俺先に送信するね」

飯田が言って、赤外線でお互いの番号とアドレスを交換した。

「たまには会おうよ。宿題とかやりに市立図書館行っても良いし……」
「飯田」
「ん?」
「遊びは?」
「……?」
「……遊び、誘っても良い?」

メアドもらったことで調子に乗った俺は、かなりの勇気を振り絞って言った。
飯田がふにゃりと笑った。

「……もちろん。楽しみに待ってる」

楽しみに……、待ってる……。
待ってる…………

俺の夏が、始まる。



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