ムーンライト パレード

06


3. 夏、あいつの体温


夏休みに入った。
7月いっぱい陣内安藤コンビは補習があるはずだから、飯田と会うチャンスだ。
俺はそれがわかった上で、でもあまり不自然にならないよう、5日目にメールした。

to:飯田正成
sub:遊び行く?
明日かあさって、暇?

文面は悩んだが、ダチらしいもの……と考えて、結局一番あっさりしたものになった。

「送信……と」

ピローンと初期設定のままの着信音がして、あいつからの返信を知らせる。

to:広野拓海
sub:もち行く!
明日行く?何時にどこ?

早!……てか、誘うことに気合い入れすぎて、そのあとのこと全然考えてなかった……。
ダメダメだな俺。

to:飯田正成
sub:とりあえず
11時に駅前で。ノープランだから、なんか考えとくわ。

正直に打ったら、

to:広野拓海
sub:俺も
考えとく。てか楽しみー(^O^)

楽しみって……。 顔文字だし。



次の日。
イケメン飯田とお出掛けってことで、俺は朝から悩んでいた。
何がって、服装だ。
相手はチャラ系イケ様だ。隣を歩く俺が、あんまりにあんまりじゃな。俺は引き立て役でも一向に構わないんだが、あいつが可哀想だし……。

悩んだものの、俺のクローゼットにイマドキのアイテムなど選ぶほどあるわけもない。結局、シンプルな無地のポロシャツにハーフパンツという無難なコーディネートになった。
こうしてみると、制服って便利なもんだ。

「よっ」

駅前に現れた飯田の笑顔はやはり今日も眩しいほどのイケっぷりだったが、あまり目立つ格好はしていなかった。
ちょっと小技の利いたカットソーに、パイピングがお洒落なハーフパンツ。アクセサリーは無し。

「……お前、以外と地味じゃね?」
「どぉんなイメージだよぉ?広野と会うのにチャラチャラする必要ないだろ?」
「……それは嫌味か?それとも俺に合わせてくれたと好意的に取っても良いのか?」
「もちろん好意的の方で。ほら、並ぶと超しっくり来るじゃん?」

たしかに飯田は茶髪ではあるが、俺が並んでも普通にダチとして通る雰囲気だった。
これなら歩いてても、周りの目など気にならない。
こういうとこも、気遣いができる男なんだよな。

ノープラン、と言っていた俺だが、あれから考えても良い案は浮かばなかった。
映画は初めて遊ぶダチ同士にはちょっとアレな気がするし、いきなり遊園地やプールみたいなレジャー施設はハードルが高い。
それ以前に、ヤロー2人でプールってどうだよ?ナンパ目的ならありか?てか、俺にもあいつにも今その必要はないし……。

で、結局。

「ゲーセン行くか」

ってことになり。
ゲームなら俺も得意なので2時間ほど夢中で遊び、腹が減ったからファーストフードで昼飯にした。
口の周りを油で光らせた飯田が、ポテトを3本まとめてつまみながら言った。

「このあとどうする?」
「どうしよっかな……まだ2時だしなぁ」
「街、プラプラすっか」

そのまま街に出た俺たちは、特に目的もなく服の店やら雑貨の店やらを覗いて回った。
こんなこと、一人じゃ絶対しないことだ。渡部とか他のやつと街に出ることがなかったわけではないが、こんな感じは初めてだった。
見て回るものやコメント、笑い合うポイント、なんか全てが、同じではないのに共感できる。すげー楽。感じるのは居心地の良さ……、かな。

晩飯は家で食うと言って出てきたから、飯田とは6時に駅で別れた。
飯田と初めて遊んだ一日は、すごくリラックスして充実したものになった。



あれから飯田とは、主に夜頻繁にメールをやり取りするようになった。内容は、どんなテレビ見てるとか何食ったかとか、どうでも良いものばかりだったけど……。
それでも一日の最後には、

『おやすみ』

って送ってくれる。
俺はその4文字を見ると、なんとも言えない気分になる。あいつが傍で俺の顔を見ながら、いつものふわっとした声でそう言ってるかのようにドキッとするんだ。

何ときめいてんだよ。 友達だろ。
ってつっこむのは、3日目であきらめた。
だって、仕方ないんだ。
俺は、あいつに惹かれている。

一度遊んだあとは、飯田から図書館で宿題やろうと誘われて2回会った。
相変わらずメールは続けているが、何も変化はなかった。
図書館通いも学校でやってたときと同じで、色気もクソもあったもんじゃなかったが、飯田の顔が見られるというだけで嬉しかった。

本当は、海に行こうと誘いたかった。
ナンパ目的でもないのに、野郎2人もなぁとか悩んでるうち、8月になった。
みんなで行こうって誘えば良かったと後で気付いた。



そんな感じで、あっというまに生物部のキャンプの日になった。
朝、6時に駅集合。キャンプなんだから早いのは仕方ない。

「はよー」

飯田が眠そうにしている。

「っす。お前、目ぇ半分だぞ?イケメンが残念だな」
「だって、5時起きって……。広野はなんでそんなに元気なんだ?」
「言ったろ。俺、このキャンプ超楽しみだったんだ。朝も勝手に目が覚めたし」
「……マジかよ」
「よーし、揃ったな。じゃ行くぞ。切符は450円だからな。自分で買えよ!」

今橋の言葉にそこいらに座り込んでた部員が、各自のスポーツバッグを持って立ち上がる。
俺は全く覇気のない飯田を連れて港までの切符を買い、改札をくぐった。

俺んちと逆方向に片道30分で、小さな港のある駅に着いた。無人駅?って思うほどこじんまりしている。

「船とかどうすんの?」

佐川が今橋に聞いている。たしかに疑問だ。

「鈴城先輩がクルーザーで迎えに来てくれる予定だ。部員少ないから、全員行けるだろって」
「クルーザーとか、マジでどんだけボンボン?」

佐川の言うことももっともだが、島を持ってるぐらいだからクルーザー程度で驚いちゃいかんだろ。

「船で行くのか。なんか楽しみになってきた!」

電車移動で眠気が取れたらしい)飯田が、ウキウキと言った。

「な、楽しもうぜ」

俺も満面の笑顔で返すと、飯田がフリーズしていた。



鈴城先輩のクルーザーと言っても、操縦はできないらしく、叔父さんという人が一緒だった。

「……るせぇな、免許取る勉強中なんだよ」

佐川のつっこみに、先輩はドツキつつ返した。

クルーザーは、白い小波を上げて進む。
空は、青い。夏の空だ。
俺は、目を細めて、空を見上げた。今日も暑くなりそうだ。
去年の山キャンプも、いろいろ探検気分で面白かったが、今年は海で泳ぎまくれるな。
テンションが上がる。

「飯田!着いたらすぐ、泳ごうぜ」
「……ははっ。いーけど、お前、別人のようなテンションだな」
「仕方ないだろ!」

15分ほどで、鈴城先輩んち所有の無人島へ着いた。
港もないので、叔父さんは俺たちが降りやすい場所にクルーザーを停め、そこから浜まで海に浸かりながら歩いて行くことになった。

「ビーサン履けよ。石が結構あるぞ」

今橋の声に、みんなバッグを漁っている。
各自のスポーツバッグに加えて、テントや飯盒、食料もあるので、海の中を歩くとなると3往復は必要そうだ。
不便だ。だけど、これぞキャンプの醍醐味。

「小須田ーこけんなよ。それ、肉入ってんぞ」

佐川が小柄な小須田に向かって叫ぶ。
小須田はでかいクーラーボックスをさげて降りようとしていた。あれはけっこう重いぞ。

「……ほら、気をつけろよ」

さりげなく飯田が手を貸してる。
手を……。

俺、今何を思った?
触んな、とか思わなかったか?

どんな乙女だよ……と自分の思考にガッカリしながら、俺は荷物を抱えあげた。
飯田が小須田を気遣うようにしながら浜へ上がるのを、後ろから眺めつつ。
俺は身長も平均的にあるし、気遣われる必要なんてないけども。

とんだ勘違い……、か。
飯田に気遣われるポジションは、いつも俺のもんだと思ってたんだ。

「いかん……!切り替えよ」

せっかく待ちに待ったキャンプなんだ。楽しもう。



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