ムーンライト パレード

08


海を満喫したあとは、ここからがキャンプ本番だ。
夕食の献立は、カレーライスにバーベキュー。
育ち盛り、食べ盛りの野郎どもには、肉だけだと金がかかって仕方ない。米で腹を膨らませようという目論見だ。

今橋がいつものように手際よく役割分担して、指示をとばす。俺はカレー作りを命じられた。一番料理らしいところを担当させられた理由は、やはり場慣れしてるからってことかな。同じく経験値の高い佐川は日おこしを命じられていたし、今橋本人は責任重大な飯ごうを担当するようだった。
カレーの大鍋に油を引きながら、飯田が中3コンビとバーベキュー用の野菜を切ってるのを横目に確認し、コマ肉を投入した。

「……広野って料理できる人?」

気付くとさっきまで野菜を切ってた飯田がそばに立っていて、カレー鍋を見ていた。

「……別に。カレーくらい誰でもできるだろ」
「なんか手つきが慣れてそう……」
「ま、料理は嫌いじゃないかな。母ちゃんが看護師なんで、夜勤の日とか俺が晩飯作ったりするし。」
「そうなんだ……。なんかまた、お前の尊敬するとこ見つけたわ」

飯田に言われると、ちょっと照れくさい。
俺は返事をせずに、カレー鍋を少しゆすり野菜に油が回ったのを確認して、水を入れた。

今橋の的確な役割分担のおかげで、肉が生焼けになることもカレーが焦げ付くことも米がパサパサになることもなく、満足いく晩飯になった。

「広野、カレー超うめぇ!俺もう3杯目!」
「……ふつーに市販のルーだろ。てか3杯って。自重しろよ。みんなの分まで食うなよ?」

飯田に誉められたが、素直じゃない俺。つい可愛くないこと言ってしまう。
可愛くてもキモいけどな。

満腹になった俺たちは、暗くなってきたので片付けは明日の朝にすることにし、火だけを始末した。それから持ってきた手持ち花火やロケット花火を打ち合い、無人島なので誰に遠慮することもなくバカ騒ぎしてキャンプの夜を楽しんだ。

一人で宴会をするという倉本先生がテントに引き揚げたのをきっかけに、なんとなく解散の流れになった。昼間にはしゃぎすぎて眠くなっているんだろう、みんな早々にテントに引き揚げていく。俺は一人、キャンプの雰囲気をもう少し感じていたくてその場に残った。
佐川が持ち込んだ古いラジカセで音楽を聞きながらランタンの灯りを見つめていると、テントから飯田が戻ってきた。

「広野、寝ないの?」
「……んー」
「佐川なんかもうイビキかいてたぞ」
「……ぷっ。あいつ昼間もイビキかいてたくせにな。どんだけ寝るんだよ」
「だな」
「ゴザで昼寝良かったぜ。イグサのにおい、最高」

言いながら飯田は、その辺に敷いてあったゴザを1枚くるくると丸め始めた。

「ちょっと海を堪能してくる」

小さな懐中電灯片手にゴザを反対の脇に抱えて、飯田は浜辺へ向かった。
小さくなるTシャツの背中を、俺は見ていた。

ラジカセから聞こえる古い歌。夏の定番ソングだ。
少し切ない歌声が、風に消える。相変わらず佐川はベタだな。
浜辺に降りていく飯田の頭が見えなくなる。

ベタだけど……。なぜかキュンとくる。
夏の夜、あいつと二人。
……そばに行きたいかも。

俺はラジカセを止めた。懐中電灯を持ち、ゆっくり立ち上がった。
シャク、シャク、と砂を踏みしめながら、浜辺に降りていく。
波打ち際、拡げたゴザの上で、飯田が座って海を見ているのが見えてきた。懐中電灯は消してるみたいだ。耳からコードが出てる。ポータブルプレイヤー持ってきたんだ。
呼んでも聞こえないかも、と思った俺は懐中電灯を消し、すぐそばまで行ってそっと肩に触れた。

「……わっ!びっくりした」

飯田が振り返る。
それからいつものふわっとした笑顔になり、こっち来いよ、とゴザの隣を指した。

俺は飯田の隣に座った。
飯田は耳からイヤホンを外す。

「お前の好きな夜の海、だな」
「ん。今晩は帰らなくても良いから堪能できる。満月じゃなくて残念だけど」
「満月じゃないけど、月明かりはきれいだな……」
「だな……。いいだろ、夜の海」
「……ほんとにな」

しばらく二人で海に映る月明かりを見つめていた。

「……聴く?」

飯田が言って、ポータブルプレイヤーのイヤホンを片方差し出した。

「ありがと」

俺がそれを右耳に入れ、飯田が反対を左耳に入れると、音楽が鳴り出した。

「聴いたことないな」

正直に言う。

「あんま有名なバンドじゃないからな。でも、俺はけっこう好きなバンド」

海を見ながら静かに飯田が言う。
それはさっきの佐川のベタな選曲とは違って、切ないメロディなんかじゃなかった。

けど。
飯田と二人で聴いたその歌は、ちょっとコミカルでドタバタな恋の歌だったけど。
それが恋の歌であるだけで、あいつに恋する俺の胸にじわっとしみた。

「……もっかいこの曲聴きたい」

フルコーラス聴き終えると、俺は飯田に言った。

「気に入った?リピートしようか」
「お願い」

コミカルなラブストーリーが、頭の中でリピートされる。
コミカルだけど、歌声はどことなく甘い。
飽きることなく聴いていたが、さすがに10回は繰り返したような気がして、イヤホンを外した。

「……ありがと。今度CD貸して」
「いいよ。帰ったらな」

飯田もイヤホンを外した。

「……波の音がさ、クリアに聞こえるだろ」

飯田が話し始めた。

「特に無人島だからな。周りに邪魔な灯りもない。ただ海の音とにおいだけだ」
「……ほんと。帰ったら体験できないだろうな」
「貴重な時間だな……」

それから俺たちは口を閉じて、潮騒に耳を傾けた。
月明かりだけが、海を照らす。

「…きれーだな」

飯田がふわっと言った。こっちを見てる。
月明かりに照らされた横顔が、どうしようもなく色気を含んでいて、俺は言葉に詰まった。

「……ほ、ほんと月明かりが……」
「……だけじゃないんだけどな」

飯田が何か言ったような気がしたが、それは潮騒にかき消された。
二人ともゴザの上に腕を突き、足を海の方へ投げ出して座っている。さっきまで二人でひとつのイヤホンで音楽を聴いていたので、肩が触れそうな距離にいた。俺はそっと目を閉じて、海とそばにいるあいつの体温を感じようとした。

ふっと、身体の右側が温かくなったような気がした。
右手が上から握られる。
驚いて目を開き、横を向くと、唇に柔らかい感触。

……キス、されてる?

気付いたら、再び目を閉じていた。

夢を見てるんだ、と思った。
夢ならまだ、醒めないで……。

触れるだけの飯田の唇は、しばらく留まってからそっと離れた。
俺の右手を握ってた砂まじりの左手も、ゆっくり離れた。
夢心地で目を開き、そっと唇に触れる。

……マジで?
した……、よな?



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