ムーンライト パレード

09


「……戻ろっか」

飯田がゆっくり立ち上がる気配がした。

……今の、なんだったんだ?
俺は聞くに聞けず、立ち上がってゴザを丸める飯田を手伝った。

それから俺たちは、何事もなかったかのようにテントに戻り、それぞれの寝床に着いた。

「……おやすみ」

飯田が今晩はメールでなく本当にそばでそう囁いたが、俺は眠れそうになかった。

「……あぁ、おやすみ」

かろうじてそう返すと、俺は飯田に背中を向けた。
意識しすぎて、背中が熱い。
眠れそうにないな。キャンプの夜は長い。




予想どおりだ。全く眠れない。
携帯の小窓で時間を確かめる。おやすみ、と言ってから、2時間は経っている。
どうしてだとか、考えれば考えるほど思考の糸はこんがらかっていく。
……俺の都合の良いように解釈しちゃってもいいんだろうか。
もし飯田が、少しでも俺のことそういうふうに思ってくれてるんだったら、俺もそれなりに変わらなきゃいけない。

でもわからない。
気の迷い、とか……?あり得る。
朝起きたらなかったことにされてたり……。
その証拠に、隣から安らかな寝息が聞こえる。気にしてんの、俺だけかよ。

それでも少しはウトウトしていたようで、外の明るさに目が醒めた。時間を確認すると、4時半。
夜明けだな。俺はそっとテントを抜け出した。

ぐぐっと伸びをして少しひんやりした朝の空気を吸い込み、水平線の遠くを見やる。
まだ日は昇っていないが、海から空へのグラデーションが夜明けを知らせている。

「……きれー」

紫、群青、青、水色と続く幻想的な景色に、ため息が漏れた。
初めて見たけど、朝の海もいいなぁ。あいつが起きたら、教えてやろう。

……あいつ、起きたらどんな顔をするんだろう。
なかったことにされるのも嫌だけど、気まずいのはもっと嫌だ。
とりあえず、いつもどおりだ。そうしよう。
テントに戻る気にはならなかったので、適当に飲み物など飲みながら、少しずつ昨晩の片付けをした。涼しいうちに少しでも済ませとけば、後が楽だし。
そうこうしてると、日は昇り海面もキラキラ輝き始めた。

「……はよ。早いな」

今橋が派手な寝癖を手ぐしでとかしながら起きてきた。

「まーな。目が醒めちゃって。ついでだから、片付けてた」
「助かるわー。俺もやるよ」

今橋と二人であらかた片付け終わったころ、他の部員たちも起き出してきた。

「……はよ、広野」
「っす。跳ねてっぞ」

飯田は日に透ける茶色い髪をところどころ跳ねさせて、目をこすってる。
……朝のファーストコンタクトはこれで大丈夫かな?俺、噛まずにちゃんとしゃべれたよな?さすがに目は合わせられなかったけど、そんなに不自然じゃなかったよな?

飯田はまだ眠いのか、それとも朝が弱いのか、椅子がわりにした丸太に腰掛けてぼーっと遠くを見ている。ダルそうな佇まいに、猛烈な色気を感じた。
ヤバい。意識すんじゃねぇ!

「……か、顔洗ってこよっかな」

顔面の火照りを感じた俺は、焦って立ち上がった。

「は?顔洗う水なんかねぇぞ。海にでも浸かって来いよ」

佐川につっこまれ、そうだった、と座りなおす。

「広野ー朝飯作ろうぜー」

今橋の声に助かった、と思いながら再び立ち上がる。
昨日の残りのご飯でおにぎりを握るだけだが、朝なので十分だろう。きっと朝食べない派もいるはずだ。

朝飯の後は、各自まったりと片付けたり、涼しいうちに帰り仕度しとこうとテントを畳んだり、結構バタバタと動いた。さすがに寝不足でたまにフラッとしたが、あまりつっこまれたくないので平気を装った。飯田とは、作業中も当たり障りのない会話があったが、特に気まずくなることもなかった。

「海、入ってくるわ」

することもなくなったので、俺は誰に言うともなくそう告げると、Tシャツを脱いだ。
海パンは履きっぱなしだ。ていうか、みんな海パンで過ごしてる。

「……おー。いってらー」

飯田が気だるそうに応えて手を振ったので、あいつは入る気ないんだな、と分かった。
ちょうど良かった。少し一人になりたかったから。

昼近いので、水温もかなり上がってきてるはずだ。それでも最初に浸かるときの潮は、冷たく感じる。
あいつ、普通だったな……。やっぱ、なかったことになるのかな。
でも、たしかにあれは現実だった。

あいつの砂まじりの手が、俺の手を握った感触。そっと触れて離れた、唇の感触。
全部夜の海が見せた幻想、気まぐれなのかな……。
俺は、自分の乙女思考に身震いした。

「……詩人かよっ」

さすがにあいつがなかったことにしたいと思ってるのを、掘り返す訳にはいかない。
俺も、踏ん切りつけなきゃ。
チャポンと飛沫を跳ね上げ、俺は海に潜った。

何も考えるな……。
海に流してしまうんだ。浮上したら、元に戻るんだ。

俺が海から上がるとみんな着替えていて、早くしろと急かされた。
昼飯は抜いて、本土に帰ってからどっかで食うことになった。
鈴城先輩とその叔父さんが、昨日のクルーザーで迎えに来たのが3時。

「やったー!遭難しなくてすんだ!」

佐川が大袈裟に叫んだけど、そうか、迎えがなかったら遭難になるんだな。無人島だから。

無事に帰り着き、駅前のファーストフードで空腹を満たした俺たちは、そのまま解散になった。
飯田とは、また遊ぼうな、という口約束だけ交わして別れた。
別れ際、飯田が言った。

「またメールするな」



キャンプの後、何事もなく夏休みは過ぎて行った。
お盆になり、親戚が集まったり墓参りしたり。塾の夏期講習に通ったり。毎日淡々と過ぎていく。去年までと同じだ。たまに渡部とメールしたりはするが、これも去年までと同じ。

「メールする」と言っていた飯田からの連絡はなかった。
俺が、忘れるわけはない。毎日毎晩、それこそ寝ても覚めても考えていた。
なんでメールしてくれないんだよ。あれだけ会ってたのに可笑しいだろ。
避けられてるのか、俺?避けられてるのなら、俺から連絡なんてできないじゃないか。



悶々と夏の日は過ぎていった。
夏休みもあと3日ってときに、そのメールは届いた。

『31日、夜ヒマ?』

飯田からの待ちこがれたメールは、実にそっけない文面だった。

『ヒマだけど』
『じゃあ6時駅前な、飯どっかで食おう』
『了解』

そんなやり取りで、俺たちは夏休み最後の約束を交わした。

飯田と、会える。ただの飯の誘いだけど、無性に嬉しかった。
今はただ、あいつの顔が見たかった。

キャンプからこっち、何してたんだろう。俺のこと、少しは考えてくれたかな。
いや、やっぱ陣内や安藤と遊んでたのかな。女の子交えて。あいつには、そういうのが似合ってるもんな。



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