ムーンライト パレード

10



それから2日、なんとなくそわそわしながら、俺はその日を待った。
31日は、朝から、クローゼットの前に立ったり鏡を見たり、落ち着かなかった。

6時。
正確には5時55分だが、駅前に着いた。
ほどなくバス停方向から飯田がこっちへ向かって来るのが見えた。
なんとなく気恥ずかしくて、近づいてくるあいつに気付かないふりをした。

「広野」
「……よっす」
「待ったか?」
「全然」
「行くか」

3週間ぶりの飯田は、髪を少し切っていたのと、キャンプの日焼けがなじんだので、イケメン度が増していた。
俺のフィルターがイカれてるのかもしれないけど。

「ファミレスでいい?」

ちょっと目を細めながら飯田が言い、俺もそれに同意した。
高校生の男二人で入る店なんて限られてるしな。

ファミレスでは二人とも黙々と食って、本当に他愛もない話をした。
この3週間の俺の起伏のない毎日についてや、飯田のあいつ曰く「楽しくもないけど適当に」遊んでた毎日についてとか。
俺がどんなにお前にメールしたかったかとか、お前は何を考えてたんだとか、肝心なことは何一つ聞けないまま、あんまり味のしない和風ハンバーグセットを食い終わった。
同じくらいにイタリアンハンバーグセットを食い終わった飯田が、紙ナフキンで口を拭いながら

「そだ」

と言った。

「……これ、貸してって言ってたよな」

飯田がカバンからゴソゴソ取り出した袋にはCDが3枚入っていて、俺はすぐにあの時海で聞いたやつだと気付いた。

「……ありがと。覚えてたんだ」
「ん。いつでもいいから。俺、コピってるし」

突然、あの日海で聞いた歌が頭の中で再生され、同時にその後の出来事も甦ってきた。

「で、出よっか」

動揺した俺は派手に噛んでしまったが、飯田は気にする様子もなく、伝票を手にレジへ向かった。

ファミレスを出て駅まで歩く道、俺たちは無言だった。
お互いの距離感を図りあぐねている、そんな空気だった。



駅に着いた。
もう少し一緒にいたい。そう思いながら飯田を見上げると、思いのほか真剣な眼差しとぶつかった。

「……広野、まだ時間ある?」
「あるよ」
「ちょっと海行かない?」
「今から?」
「あまり遅くはならないつもりだけど……」

俺たちは揃って電車に乗った。俺の家の最寄り駅を通過し、海までは遠くない。
やはり、車内では会話はなかった。それぞれがひたすら窓の外を見ているふりをしていたが、窓にうつる自分の姿しか見えていないことは、お互いに分かっていた。

浜辺を目指す。
夕飯を食べたので、さすがに日は暮れてしまっているが、夕方の余韻で空はほの明るい。
夏の夜は、俺が前に来たときみたいに無人というわけには行かず、花火をするグループが見えた。
俺は、いつも一人で座る場所にあいつを連れてきた。

「ここ。俺がいつも海見るとこ」
「へー。まわりから見えないし落ち着くな」
「……だろ。初めてだよ、誰か連れてきたの」
「光栄」

そんな話をしていると、さっきまでの無言空間が和らいでいくのを感じた。

「あのさ、」

飯田がゆっくり話し始めた。

「今日って満月なんだ」
「マジで?」
「うん、今雲に隠れてるけど、風があるからきっと出てくる。光の道、見えるぞ」
「それで今日だったんだな……。ありがとな、連れてきてくれて」
「……ほら、雲が切れてきた!」
「!」

海面にキラキラ漂うように、それでも真っ直ぐに、道ができていた。
これが、光の道……。

「見えたな!」

俺は声を弾ませて飯田の方を振り向いた。
俺の隣に座ってた飯田は、一瞬いつものようにふわっと笑ったが、すぐに駅前で見せたような、真剣な眼差しになった。

「俺、話しておきたいことがあって……。こっち来る前のことなんだけど……、聞いてくれる?」

飯田が、真剣な顔つきのまま言った。

「……聞くよ」
「なんで2年になって転校してきたのか、気にならなかった?」
「……いや、なんかそれはいろいろあるだろうかと……親の転勤とか?」
「……転勤ね、ありがちだもんな」
「ちがうの?」
「……逃げてきたんだ。親は俺を捨てたんだ」

飯田の真剣な眼差しは、海を見つめたまま揺れることもなかった。
俺は、言葉を失った。
そっから先は、ただあいつの話を聞くしかなかった。

「……俺さ、ゲイなんだ」
「……」
「自覚したのは中学入ってすぐ。向こうにいたころは、都会だったしそっち系の夜遊びも結構してた」
「……」
「夜遊びしてたとき、たまたま学校のダチに出くわしちゃってさ。ゲイバレしちゃったわけ。そっからはすげーよ。もう、ウワサに尾ひれつきまくり。俺が、誰と怪しいだとか」
「……」
「俺が、親友だった奴を狙ってるって、ウワサになって」
「……」
「……俺は、親友をなくしたんだ。バレてから1週間もたたないうちに」
「……」
「ダチだったやつらに避けられて、俺がゲイだってことがそんなにいけないのかよって思って、そんで」
「……」
「……誰かに認めてほしくて、親にカムアウトした」
「……」
「まさか、捨てられるとは思わなかった」
「学校でもバレてるって言っちゃったから、即転校の手続きされてさ、やっぱ進学校だったし、人の目が気になって通わせられねーって思ったのかな」
「……」
「こっち来て、ダチもできて、学校も楽しくて良かったって思ってたけど」
「……」
「広野のこと、どうしてもダチって思えなくて……。ごめんな。気持ち悪かったろ?」
「……」
「そう思って当たり前なんだよ。気にすんな」
「いや……」
「日本じゃまだまだ、マイノリティだからな」
「……飯田」
「だから俺は、外国行きたいんだ。自分のアイデンティティーを、きちんと表現したい」
「……うん」
「ホント、ごめんな。あと、聞いてくれてサンキューな」

飯田の方を見たまま、口を半開きにして何も言えない俺。
飯田は立ち上がり、パンッとジーンズのお尻をはたいた。それから俺を見て、ふわっと笑い、行こうか、と言った。
もう真剣な顔つきなんかではなく、いつものあいつがおう
何か言わなきゃ。 俺まであいつを傷つけてはいけない。
否定してはいけない。頭ではそう考えるのに、うまい言葉が紡ぎ出せない。

気持ち悪くないよ、とか。お前は何も悪くない、とか。
そういうのが、全部気休めに聞こえてしまいそうで。
何も言えない俺は立ち上がり、そして……、

「……広野?」

……あいつの手をギュッと握った。

しばらく見つめ合う。
飯田が視線を反らし、クスリと笑った。

「……ありがと。これで頑張れる」
「飯田……、俺」
「満月の海、一緒に見られて良かった」
「……」

俺は今、何を言おうとしたんだろう?
あいつに、何を伝えたかったんだろう?



無言で人気のない駅まで歩き、しばらくして来た電車に乗り込む。
俺の家の最寄り駅までも、俺たちはやはり無言で、窓に並んで映る二人の姿を見ていた。
茶髪で日焼けなんて、チャラ度3割増だな。……イケてるけど。
でも、女に興味ないんだよな。だからユミちゃんとか、あの態度か。
報われねーな、ユミちゃんも。可愛いのに。

イケメンだし、頭も良いから楽勝人生かと思ってたけど、あんな過去背負ってたんだな。
ゲイだなんて。
俺は、否定しないのに。

「ごめんな」

なんて言わないでほしかった。
あいつにキスされて、気持ち悪いはずがない。
だって、俺は……。

俺は、正直気になってるんだ。
たしかに、性別のこととか、キスより先のこととか、真面目に考えると一歩引いてしまうところはある。
踏み込むと、何かを失うんじゃないか。戻れなくなるんじゃないか。そう思うと、怖い。
俺が、気持ちを口に出せない理由はそれだ。

……でも、気になるんだ。
会いたいって、思うんだ。

電車が駅に滑りこむ。気付いて、俺が、

「またな」

と言うと、

「じゃあな」

飯田はふわっと笑って、手をあげた。
ドアが閉まり発車する瞬間、飯田が寂しそうに笑ったような気がした。



Copyright(C)2014 Mioko Ban All rights reserved. designed by flower&clover
inserted by FC2 system