ムーンライト パレード

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4. 秋から冬そして春、あいつがいない


2学期が始まった。
それぞれに日焼けしたり、髪型が変わっていたりするクラスメイトに声をかけながら、担任のホームルームを待つ。
あれから、飯田とはメールしていない。言いたいことが、まるでまとまらないんだ。

「よーし。席つけよー」

担任が現れて、2学期最初のホームルームが始まった。
飯田は、まだ来ていない。
おかしいな、あいつは見た目チャラいけど、遅刻とかサボりとかするやつじゃないんだけど……。

「出席とるぞー……って、そうそう飯田なんだが、急に学校やめることになった」

……え?

「えぇーっ!なんでぇ?」
「急だったからな。聞いてるやつもいないだろう。留学だ」
「マジでー?」

俺は耳を疑った。



その後のことは、よく覚えていない。
気が付いたら下校時間になり、渡部に声をかけられていた。

「拓海、飯田から聞いてたのか?」
「……いや」
「なんだよなー。あいつ水くせぇなー。やっぱ途中から転校してきたり、訳アリなんだろうな」
「……知らねぇよ」

俺は不機嫌に答えた。

昇降口で陣内と安藤にも会ったが、やつらも聞いてはいないらしい。ただ今朝になって、急に留学が決まったため、学校一緒に行けなくなったとメールが来たそうだ。
帰り道も、俺は心ここにあらずで、ぼーっとしたまま惰性で電車に乗った。
家が近づくと、別れ際の飯田の言葉がよみがえってきた。

「じゃあな」

って。あいつ、言ったんだ。
あれは、もう会わないってことだったのか?
発車前の、あいつの寂しそうな笑顔を思い出す。
飯田。
俺は、お前に何も伝えてないのに。
勝手に逃げんなよ。

とぼとぼ歩いて家に着き、カバンを自室に投げて、風呂場に行く。
シャワーのコックをひねると頭から浴びた。
飯田。飯田。飯田。
口に出すと、目の前がぼやけた。

……会いたいよ。
頬を、一際熱い水が流れる。
ずいぶん長い時間、シャワーの音に紛れて、子供のように泣きじゃくった。

自室に戻り、少し冷静になってみる。
陣内が、今朝メール来たって言っていた。まだつながるかも。
急いで履歴を呼び出し、発信ボタンを押す。10コールほどで、留守電になった。
とりあえずつながることがわかったので、メールを送ることにした。

『なんで今留学?どこにいるんだよ?』

問い詰めるような文になってしまったが、それほど焦っていた。
早くしないと。早くしないと、唯一の連絡手段すら途切れてしまう。

飯田。頼むから、返事、してくれよ。

返信はいつも早かったあいつだが、今日はなかなか返してこなかった。
もしかしたら、もう返事もくれないのか?そう諦めかけたとき、携帯が震えた。

『悪い。言えなかった。準備はずっとしてた。元気で。』

最後の元気で、を目で追いながら、あいつからのメールはもう来ないんだろうな、と悟った。

あいつは、俺の前から姿を消した。
俺に何も言わせないで……。



それからの俺は、渡部曰く『生ける屍』のようだったらしい。
自分で自分を気遣うこともなく、ただ淡々と日々を過ごし、気付けば首にマフラー巻いて登校していた。
飯田がいなくなってからは、ノートを取ることも面倒で、授業は寝て過ごすことが多かった。もちろん成績も元に戻って余りあり、で、来年は受験なのにと担任に小言喰らった。

部活も、去年までと変わらずメダカの世話をし、簡単な実験をこなす。
飯田がいないだけで、これまで普通にやってきたことが、全てモノクロに見えた。
まるで、面白くない。というか、どうでもいい。

「さみぃな」

塾帰りの道、駅まで急ぎながら独りごちる。クリスマス前のイルミネーションが、空々しい。
駅前では、1組のカップルがベタベタしている。
よくもまぁ、公衆の面前で…と嫌な気分になりながら前を通りすぎようとして、気付いた。
女の方に見覚えがある。あれは、ユミって子だ。……彼氏、できたんだ。
彼氏の方は、制服からして西高のやつだな。たしか駅は3つぐらい先のはず。ユミに合わせて、わざわざ来たんだな。

さっきは不快な気持ちになったが、不思議と良かったなって優しい気持ちになってきた。飯田のことが好きだった彼女に、シンパシー感じてたのかもしれない。

女の子は切り替え、早いな。あれだけ飯田に言い寄ってたのに。
そんなに好きじゃなかったのかな。
俺なんてまだ、忘れられない。まだなんてもんじゃない。正直、忘れられる気がしない。
ユミが飯田のこと好きだったって言うのなら、俺の気持ちは間違いなく恋だった。

俺は、あいつが好きだったのに……。
今、どこにいるんだろう。それさえ聞き出せなかった。
イルミネーションが、目にしみる。
寒……。
赤くなった手を擦り合わせながら、息を吹きかける。こんなんじゃ、ちっとも温かくならない。
あいつの、手が欲しい。
温かくて少しゴツゴツした、飯田の手の感触を思い出した。
……一度しか触れていないけれど。

もっと触れておけばよかった。
もっと早く伝えておけばよかった。
会えなくなるのならば……。

今ごろどこで何してるのかな。
今となってはもう、連絡する手段さえない。



年が明け、あっという間に受験シーズンが過ぎていった。
当事者じゃないから、あっという間だなんて思うのだろうけど。来年は俺も、受験生だ。 悩んでる暇があったら、自分の夢に向かって進まなければ……。

本当に少しずつだが、飯田のことを考える時間が減り、以前の自分を取り戻せてきているような気がしていた。
春休みは春期講習に通って、息抜きに最新のゲームやって……。
短い休みだから、すぐに終わってしまうだろう。



4月。
また、春が巡ってきた。
高3になったが、クラス替えも特になく、担任も変わらない。ただ、時間割が受験一色になっただけで、実につまらない毎日になりそうだ。

俺は代わり映えのしないクラスメイトの後ろ姿を、頬杖をついたまま眺めていた。
……1年前も、葉桜だったな。
ふわりと風に乗った春の匂いに、あいつと出会った日を思い出した。


チャラっとしてて、俺らとは縁なさそうなタイプで。 時期外れの転校生なのに、浮くこともなかったあいつは。

――俺にとって、特別な友達だった。

たとえ心のどこかでそれ以上を望んでいたとしても。もう、終わったことだ。
俺とあいつは、友達だった。
「友達」であることすら、もう過去なのだけれど……。

部活は高2で引退なので、こんなマイナーな部でも、きちんと引退し追い出し会もしてもらった。部長の今橋は、淡々と次期部長の阿部に引き継ぎを済ませていた。週1回ではあったけど、俺にとっての和める場所がひとつ減った。
今橋は、今年こそ中等部に新入部員を入れるようにと念を押していたが、たしかにそろそろ存続の危機かもしれない。

俺もいつかはOBとして、部の手伝いみたいなことができたら……、なんて考えている。
鈴城先輩みたいなセレブなのは無理だけど。
一応、生物学を本格的にやりたいと考えてるわけだし。
それまでなんとか持ちこたえてほしいものだ。

受験生なので、選択科目の空き時間や放課後は図書館に行くことも多い。
俺は、極力一人掛け用の席を選んで座るようにしていた。
図書館は、あいつとよく通った場所だ。今さら思い出して泣きたくなるようなことはなかったが、心にはなるべく波風立てたくなかった。
そんな自己防衛の手段すら、俺は身に付けていた。
このまま時が過ぎて行けば、あいつのこと忘れられないまでも、良い思い出にはできるかな……、なんて考えられるようにもなっていた。



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