ムーンライト パレード

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5. それでも季節は巡る


時は流れた。
無心に勉強したおかげで、俺は無事第一志望の大学に合格することができた。1、2年次は単位を落とさない程度に、バイトやサークル活動、遊びにと忙しく過ごした。
サークルはアウトドアサークルを選び、年1回と言わずキャンプを楽しんだ。
サークル内で彼女もできたりしたが、やはり盛り上がりに欠け、「私のこと、本当に好きなの?」という決まり文句で3ヶ月でフラれた。恋愛には向いてない、そう自分で完結して他の楽しみに時間を費やした。

大学は東京の私学を選んだので、進学を機に独り暮らしを始めた。実家は近県だがやはり通うのは大変だということで、親も納得してくれた。
同じ高校からも何人か入学していたが、サークルも学部も違ったりなどであまり会う機会はなかった。
大学に入ってからできた友達はほとんどがサークル関係で、よく日に焼けてさばけたやつばかりだった。野々村もそのうちの一人で、1年次からずっとつるんでいるが、4年になった今も俺のアパートによく顔を出している。

「……拓海ー、ビールねーの?」
「ねーよ。てか買い置きこないだ飲みきったの、お前だろ?持参しろよ」

風呂上がりに頭をタオルでゴシゴシ拭きながら、ぼやく。

「わりーわりー。今度買ってくるわ」

たいして悪いと思ってないだろ。
俺より先に風呂から上がって扇風機にあたっていた野々村が、日焼けした顔をこちらに向けた。

「もうすぐ休みだなー」
「だな」
「恒例のキャンプ、行くだろ?」
「……あぁ。4年だし最後になるかも知れねーしな」
「夏、他に何かすんの?やっぱ実家?」
「……やっぱ、ってなんだよ」
「だって、ほら。お前、毎年キャンプ終わったらすぐ実家帰っちまうだろ?残された俺、結構寂しいんだぜ?」
「寂しいって。……大の男が」
「なんか、あんの?遠恋の彼女でもいんのか?」
「ねーよ」
「そいやお前、彼女とか長いこといないんだっけ?紹介してやろうか?」
「長いことって……。たかが1、2年だよ。オンナなしじゃ生きられないお前とは違うんだよ」
「ちぇーっ。せっかくコンパセッティングしてやろうと思ったのに……」
「コンパって……。4年にもなってまだやってんのか?」
「4年だから、だよー。大学のうちくらいだぜ、時間あんの」
「……俺は実験とゼミで時間ねーよ」
「理系は大変だな……。良かった、文系で……。てかコンパだよ!たまには来いよな」
「……めんどくさい」
「お前が来るっつったら女子の集まり方が違うんだよ。たまには俺孝行しろよ」

野々村の言葉に、ふと思い出した。
あいつも、ダチによく言われてたな。
……お前が来ると女の子が集まる、って。

俺も大学入ってからそれなりに見てくれに気を使うようになり、そう言われるようになった。
今の俺なら、あいつの隣に立っても恥ずかしくないのかな……。
どうしてんだろうな。

また、夏が来る。
野々村に言われたとおり、俺は夏が来るたび、休み入ってすぐのサークルのキャンプだけ参加して、すぐに実家に帰っていた。

俺が置いてきたもの。それは遠恋の彼女ではなく、俺の小さな恋心だったのかもしれない。
とにかく俺は、夏が来るたび実家近くの海に通った。海ならこっちにもあるし、良い波を探したりダチと遊んだりするのなら、別に他所でも構わないのだけど、俺にはあの海しかなかった。

夏の夜、海を眺めて潮騒に耳を傾け潮のにおいを感じていると、不思議と心が穏やかになる。
昔からの習慣に加えて、俺はさらに暦をチェックするようになっていた。
満月は、外せない。

たしかに、あいつのことは思い出すことも減った。これは、間違いない。
けれど。夏が来ると……。
潮騒が、においが、あいつの思い出を連れてくるんだ。

あいつと見た、光の道が忘れられない。
満月の夜、海に映る月光を眺めていると……、
あいつのふわっとした声、笑顔、手の温度、それから。
唇の感触。
何もかもがすべて、鮮明に思い出されるんだ。

自虐的、と言われるかもしれない。だけど俺は、この習慣を止めることができなかった。
俺の小さな恋心が、まだ。どこかであいつを想っている。



サークルの夏キャンプは、山だった。
今回は、女子の意見でコテージを借り、風呂トイレ付きというなんとも物足りないキャンプだったが、たまには良いかと割りきった。女子にサバイバルキャンプは理解しづらいようだ。
男子校ならではのワイルドなキャンプを懐かしく思いながら、それでも最後になるかもしれないので、サークルキャンプにはちゃんと参加した。

「なー、もう今晩帰んの?」

野々村が、さらに日焼けした真っ黒な顔に白い歯を光らせて聞く。
サークル活動だけじゃ、ここまでは焼けないだろう。絶対海開きとともに、ナンパに行きまくってるに違いない。

「……あぁ。特にすることもないしな」
「夏の間、会えないわけかー。例年のことながら寂しくなるな」
「マジかよ。寂しがる暇もないほど遊ぶくせに……」
「バレた?……ま、拓海も元気でな。遠恋の彼女によろしくー」

野々村は、ニヤッと笑って背を向けた。

「……いないっつってるのに」

その背中に向かって、俺は小さく呟いた。



電車を乗り継いで実家に帰る。
荷物はスポーツバッグふたつ。
ひとつは夏の間ローテーションする着替えと、さっき駅で買った土産が入ってる。もうひとつは、さっきまで参加してたキャンプの荷物だ。山だったから水着や濡れたタオルなどはないが、それなりに汗臭いやつが詰め込まれてる。下宿に帰って洗濯し、干す時間はないから、実家で洗濯しよう、と思って持ってきた。

一旦下宿に帰らなかった理由。
それほどまで急いで実家に帰る理由。
それは……。

今夜が、満月だから。

実家の最寄り駅に降り立つと、午後7時。

「やべぇ……」

あまり時間がない。本当は、キャンプの後だし風呂に入りたかったけど無理そうだ。
とりあえず荷物だけ置いてこよう。

「……ただいま」

正月ぶりの、実家の玄関を開ける。

「おかえり。……またえらい大荷物ね」

母ちゃんが、苦笑した。

「ご飯は?」
「……いらない。ちょっと出てくるし」

俺はそう言って、財布と携帯だけをポケットにねじ込み、家を出た。
母ちゃんの怪訝な顔は、とりあえずスルーした。



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