ナイト アンド ミュージック

03


3. ホリデイ イン ザ サン


日曜日の朝は、いつもけだるい。たいてい前日の夜、遊びに出ているから。
もう朝とは言えない時間だが、寝ぐせのついた頭をかきむしりながら、俺は大きなあくびをした。

「ミツ、今日はどうする?」
「山王レコード行かない?先週ちょっと気になるやつがあったんだよね」
「了解ー。俺も頼んでたやつが入るころだし、行きたいわ」

朝の俺たちは、饒舌だ。
寝ぐせをつけたまま、換気扇の下、タバコをくわえる。

カナタがシャワーに行くのを横目に、灰が落ちないように気を付けながら、コーヒーメーカーをセットした。
適当な食生活を送る俺たちだが、なぜかコーヒーはちゃんと煎れる。このコーヒーメーカーは、カナタが持ち込んだ物だ。湯気を上げ、コポコポと音を立てるコーヒーメーカーを見つめながら、煙を吐く。

けだるくて、眼球を動かすのも億劫だ。
カナタが返ってきたら、俺もシャワーを浴びなきゃな……。
……面倒だけれど。

カーテンの隙間から零れる鋭い光が、昼が近いことを告げている。

「……だりぃ」

タバコを消し、俺はまたあくびをした。

煎れたてのコーヒーのにおい、雑然としたキッチン。
ベッド回りに散乱した、二人分の衣服。
俺はこのけだるさを気に入っている。

「コーヒーありがとな」

濡れた頭のままサンドイッチの袋を開け、カナタが言う。

「ん。風呂ってくる」



シャワーからほとばしる熱めのお湯に、覚醒してゆく。
けだるさを愛する俺としては、少々残念ではあるが、出かけることを思えばいたしかたない。
必要最低限の時間で浴びると、キュッとシャワーを止めた。

何着ていこうかな……。
髪の毛をタオルで乾かしながら考える。
自堕落な俺だが、見た目にはこだわりがある。
夏に入る前にセレクトショップで買った、1点モノのデザインシャツを選び、弛めのシルエットが綺麗なパンツと合わせた。

「……いいじゃん、それ」

歯ブラシ片手にカナタが言う。

「だろ。今季一番のお気に」
「俺もそーいう感じにしよ」

二人で出かけるときは、なんとなく服装のテイストを合わせる。
これも、俺たちの間では、暗黙の了解だった。

「……どう?」

歯磨きを終え、着替え終わったカナタが、軽くドヤ顔を見せる。

「いいね。かわいーわ」
「かわいーとか……何それ」

まんざらでも、ないくせに。
照れた表情を見せたカナタに、思わず微笑む。

「そろそろ行くか」

照れを隠すように、カナタが言い、立ち上がった。



レコード屋を隅から隅まで漁り、掘り出し物を探す。
行きつけのこの店は、店主とも顔馴染みで、頼んでおけば、入手しにくい古いレコードもどこからか探してきて入れてくれる。
ここへは、カナタと知り合う前からコンスタントに顔を出していたが、カナタも同様だったらしい。
会ったことは、多分なかったはずだ。カナタの容姿は、目立つ。

レジ前で、店主と話すあいつを見る。
どうやら、頼んでたレコードは、まだ入荷していないらしい。にも関わらず、別のレコードを発注している。
カナタも俺も、音楽に関しては、気が多い。

同じ空間で、それぞれ思い思いの時間を過ごす。それは、レコード屋でも、洋服屋でも同じで。 同じ時間を共有したがり、何かと共感を求められたりする、女の子とのデートとは違って、気が楽だった。
二人で出かけてるのに、一人な感覚。

店を出て、次の場所を目指す「つなぎの時間」には、会話をする。
自分の好きなものに固執し、わがままに時間を過ごしても、誰かと一緒にいられる。
カナタと過ごす休日は、幸せの塊だ。
お互いに、サービス業で不定休であるにも関わらず、休日をわざわざ合わせているのだから、カナタもきっと同じように思ってくれているのだろう。

「さすがに暑いな。お茶しない?」

提案してみる。
夏の陽射しは、夕方近くになっても容赦なくアスファルトを焦がす。カナタの白い頬も、ほんのり赤くなっていた。

「夏だもんなぁ。いつものとこでい?」
「ん。冷たいの、飲みたい」

連れ立って裏通りに入る。この辺りは、小さな古着屋やら雑貨屋やらがひしめいている。
俺たちは、角の古い喫茶店に入った。
お洒落なカフェではなく、昔からあるこんな喫茶店が、俺たちのお気に入りだ。
ガラステーブルのひんやり感に、満足し、注文を取りにきたウエイトレスに、アイスコーヒーを頼む。

この店のコーヒーは、香り高く、少しの酸味がきいていて、俺たち好みだった。
コーヒー好きには邪道と言われるかもしれないが、アイスでも十分美味しい。

あー生き返る……。
呟くと、オッサンか!とカナタが笑った。
同い年のカナタも、冷たいおしぼりでほてった頬を冷やしていて、十分オッサンくさい。

美味しいコーヒーを堪能し、店を後にする。
レコードも、服も買った。
どこかで軽めの晩飯を取ったら、休日は終わりだ。

わがままで、幸せな、俺たちの休日。



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