ナイト アンド ミュージック

05


5. ドルフィン リング ――sideカナタ


ひとつだけ鍵のついたキーホルダーの、輪っかの部分に人差し指を入れ、くるくる回す。
くすんだシルバーがいい味出してるイルカモチーフのついたキーホルダー。
ミツと覗いた、雑貨屋で衝動買いした。

2日と開けず、ミツの部屋に通うのは、ものぐさな俺にとって、奇跡に近いこと。
だって、会いたくなるんだ。
会って、ミツの存在を感じて、同じ時を過ごしたい。

あいつがあまり深入りした関係を望まないのは、わかっている。
俺は、あいつの思うように行動し、発言できているだろうか?
あいつが望むのなら、どんな形でも、俺は合わせられる。

花屋は、朝が早い。
俺は、将来的に自分の店を持ちたいと思っていて、バイトもその下積みだと考えている。
バイトだから、と接客の時間のみのシフトではなく、店長に無理を言って、仕入れの時間から出させてもらっていた。

男のくせに花屋?…と、よく言われるし、好奇の目で見られることにも慣れた。
花を売る仕事、というよりは、自分好みにアレンジできる美しい生き物、という視点で。
美しいのに、それぞれに合った世話をしてやらなくては生きられない儚さを持つ植物に惹かれて、花屋を志した。

店が繁華街にあることもあって、たまに雑誌のスナップに、と誘われることがある。自分では、雑誌に載るほど秀でたものはないと思うのだが、花屋の男性店員が珍しいからだろうか。

ミツの方が、よっぽど華があるのに…。
木偶の坊のように突っ立った自分の載った雑誌のページを眺めながら、いつも思う。
愛想もないし、表情も乏しい俺と違って、ミツは本当に華がある。
少女のような丸い瞳に、長い睫毛、いつも桜色の唇。顔立ちは愛くるしいのに、世の中を斜に見て、皮肉に笑う表情とのギャップが、たまらない。
……と俺が思ってるなんて、あいつにバレたら、確実にうざいと思われるだろう。

花屋の仕事は、好きでやっているので、やりがいも感じるし、楽しい。
そんな俺が、ひとつだけ譲らないこと。
日曜日は休日、というシフトだ。

俺たちにとって、週末の夜は活力源。
一晩中、好きな音楽に囲まれて、酒を飲みながら過ごす、至福の時間。
ミツと出会う前からの習慣だが、一緒に過ごし始めてから、ますます週末を重要だと思うようになった。

遅く起きた日曜日、デートのように街へ出て、一日中ミツと過ごす。
満たされた気分で、新しい週を迎えられる。

昼間のミツと、夜のミツは、別人のようだと思う。
昼間のミツは、ひたすら冷めている。
レコードと洋服以外のものに興味はない、と言い切る。

特に女の子は苦手らしく、根っからのゲイでもないのに、言い寄られるとどんなに可愛い子でも、あからさまに眉間にしわを寄せてみせる。
出会ったばかりのころ、クラブで何回かその場面に出くわしたので、一度聞いてみたら、女は面倒くさい、と言っていた。
性欲とかあまりなく、淡白な方なのかな、と思っていた。

夜のミツは、野獣だ。淡白が聞いてあきれる。
最初に仕掛けたのは、もちろん俺の方で、初めて想い人に触れる震える手に、ミツは戸惑いを見せたのだが。
慣れてきてからは、俺の方が、逃げ腰になるくらい、ミツは行為に積極的だった。まるで、あいつの方が俺のことを好きみたいに。

ミツとの濃厚な行為は、俺があの部屋を訪れるたびに密度を増していくようだった。
が、挿入はしない。
ミツと繋がりたい気持ちは、ないと言ったら嘘になる。
ただ、どちらが抱くか、抱かれるか、不毛な争いをするくらいなら、その時間抱き締め合っていた方が、より深く繋がれるような気がしていた。

「……あっ……ふぁっ……」

ミツのモノを激しく擦り、興奮を高めていく。
桜色の唇からこぼれでる吐息は、俺を狂わせる。

「……んっ……!」

たまらなくなり、その唇に食らいつく。
ミツのモノは、先端から粘液をこぼしながら、ガチガチに硬くなって今にも弾けそうだ。

行為の最中、言葉を発しない俺たちは、ちゃんとお互いを認識できているのだろうか。
俺は少なくとも、ミツをこの手に抱いているということを、ギュッと切なく締め付けられる胸に痛感させられている。

ミツは、どうなんだろうか。
この行為は、処理でしかない?



いつものように、同時に果てた後、俺は冷蔵庫に向かった。
よく冷えた、水のペットボトルを取り出すと、それを一気に煽る。半分になっていたそれは、たしか、2日前に買ってきたものだ。
2日前も同じように、意味のあるようなないような行為があって、事後俺は水を飲んだ。
そういうことだ。

最中は、ミツも激しく俺を求めてくれる。
行為の終わりとともに、急速に冷えていくミツの熱に置いて行かれないよう、俺は身体の中から熱を冷ます。

あいつにとって、俺が一番なのはわかっている。
ただ、同じ温度を感じたい。

こちらに向いた、ミツの背中を眺める。
規則正しく少し上下しはじめ、眠りに入ったことを知る。

スッとした、美しい背骨に、触れたくなる。
抱き締めて眠ることも叶わないのかな。

テーブルに置いた、この部屋の合鍵を手に取る。
イルカのモチーフ。
ドルフィン リングは、愛する人にもらうと、必ず幸せになれるんだっけ。

キーホルダーの輪っかを指に通し、おもむろに眺めてみる。
自分で買ってちゃ、意味ないよな……。そもそも、リングじゃないし。

ミツとの距離は、近くて遠い。



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