ナイト アンド ミュージック

07


7.トラウマ ナイト ――sideカナタ



ミツの指だとわかっていた。
わかっていたのに……。

拒絶する身体を自制することもできず、ハッと気が付いてミツを見ると、呆然と俺の顔を眺めるあいつがいた。

……やってしまった。

ミツにだけは、知られたくなかった過去が、頭をよぎる。
あのクラブでアカリさんとバッティングするとは、誤算だった。

ミツはきっと、気付いている。ヒロの名前を聞いてから、俺の様子がおかしいことに……。
干渉するのもされるのも嫌いなあいつが、ヒロについて知りたがったのも、その証拠だ。
知られたくないけど、このままでは誤解されたままになる。よりによって、一番大切なミツに。

ヒロと知り合ったのは、高校を卒業してすぐの、バイト先だった。
今みたいに花屋になりたいという思いはまだ無く、音楽好きという理由で大手のCDショップに勤めた。レビューのポップを書いたりしながら、一日中音楽に触れていられる仕事は楽しかったし、大手だけに、たくさんのバイト仲間に恵まれた。

ヒロもその中の一人で、やはり音楽好き、かつ年齢が2つ上と近いこともあって、バイト以外でもよく遊ぶようになった。
クラブに出入りし、適当な女の子と、一晩を過ごす。そんな日々だった。

俺は正直、女の子にはあまり積極的になれず、向こうから声をかけられたら応じる、そんな感じだった。
ヒロは、自分からガンガン攻めるタイプで、その日その場で一番可愛い子を捕まえる。俺とは正反対だが、そういう自分にないものを持ったヒロと過ごすことで、地味な自分も輝けるような気がしていた。

ヒロの遊び方は派手で、女の子を同時に2、3人連れて出ることもあったし、乱交パーティーのようなこともやってるという噂があった。
女の子は、まさにとっかえひっかえ。
誠実さの欠片もない男だと、みんな知っていたが、精悍な男らしい顔立ちに、180を超える身長、引き締まった身体に長い手足を持ち、話が面白いヒロは、男女問わず、取り巻きが多かった。

あまり人に執着しない男で、特定の彼女を作ることもなかったが、たくさんいるセフレの女の子たちはそのポジションを虎視眈々と狙っていた。
アカリさんも、その一人だったが、好意を押し付けず良き友達路線で押していたので、ヒロとは長く関われている女の子だった。
これだけ女の子に対して肉食なら、ヒロは間違いなくストレートだと思っていたのだが……。

女の子と適当に遊んでいた俺だったが、自分が男にも興味を持てる、所謂バイであることは、高校時代から自覚していた。だから、ゲイやバイといったお仲間は、少し話せばだいたいわかるつもりだ。
そんな、根拠のない自信が、俺の首を締めることになるとは……。

無類の女好きで、ストレートだと信じて疑わなかった友達のヒロに、俺は裏切られた。

あいつは、俺を犯した。おかしな薬を盛って。
そして事後、言ったんだ。

「わりーな。男のケツがどんなもんかと思って。お前女みたいな顔だし、いけそうだと思ってさ」

最低だ。
そんな理由で、友達を犯るヒロも。
そんなヒロを、友達だと信じていた俺も。

3年も前のことだ。
初めて同士で知識もあまりない上に、愛もない交わりの跡は、凄惨な状況だった。

俺は、それ以来ヒロに会っていない。
特に携帯番号を変えたりもしなかったが、向こうから連絡が来ることもなかった。
その程度の関係だったんだ。
俺は自分で記憶に無理矢理蓋をした。

ミツとこうしていられたのも、忌まわしい過去を忘れられたからなのだと思っていたのに。
久しぶりに聞いた、嫌な奴の名前と、これまでミツに触れられたことのなかったその場所が、しっかり蓋をした記憶の箱を開くスイッチになるなんて。
トラウマって、こういうことを言うんだな……。

「……ごめん」

思わず払い除けてしまったミツの手を握り、俯いて言った。
それ以外に、言うべき言葉が見つからなかった。
ミツに話せば、余計なことまで喋ってしまいそうで。

俺たちの間に、これまで経験したことのない重たい空気が流れた。



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