ナイト アンド ミュージック

10


10.シリアス ナイト


カナタが来なくなってから、1ヶ月が経つ。
うだるような暑さはいくらか和らぎ、朝晩は涼しく、日中は乾いた日射しが照りつけていた。

1ヶ月の間、俺は淡々とバイトをこなし、週末はクラブに顔を出し、日曜日は街に出て、表面上何も変わらない日々を過ごしていた。
あくまで、表面上、だ。
バイトに行けば、このごろ選曲が暗いと小言を言われ、クラブでは誰とも口をきかず、街に出ると本屋で啓蒙系の本ばかり漁る。

「思いどおりの自分になるために」

手に取った本のタイトルにうんざりする。
活字にできるような簡単なことなら、悩んだりしない。

簡単に自分をコントロールできたら、行き場のなくなったこの想いに、名前をつけることができるんだろうか。
俺が変われば、現状も変わるんだろうか。

カナタのことを思い出さない日はない。
どういう関係であれ、傍にいたい気持ちに変わりはない。
あんなに居心地の良い場所は他にない。
誰かに譲るなんて、考えられない。

たぶん恋愛感情なんだろうと思う。この1ヶ月で、それを認められるところまでは進歩した。
カナタに会えたら、正直に伝えるつもりだ。

好きだって。
傍にいて欲しいって。

伝えられないまま、早1ヶ月。
俺の方は、生活も連絡先も変えていないのに、全く会えないなんて。
携帯にいたっては、着拒されてるし。
俺はあいつに連絡する術を失って、途方に暮れていた。



週末。いつものクラブに顔を出す。
コマさんに片手を挙げると、チョイチョイと手招きされた。

「お疲れっす」
「……ミツ、今日も一人?」

ヘッドホンを肩で挟んだ窮屈な姿勢のまま、コマさんが聞いた。

「あ、はい。たぶん……」
「カナタとケンカでもした?最近見ないけど……」
「……あいつ、週末以外も来てないですか?」
「来てないな。お前は探してるんだろ?」
「そうなんですけど……会えなくて……連絡も取れないし」

コマさんはため息をついた。

「ミツ、本当に会いたいなら本気で探せよ」
「……分かってます」
「ちょっと気になってな」
「……ありがとうございます。仕事のお邪魔してすみません」

コマさんのブースから離れ、カウンターでジントニックを頼む。
本気で探す……か。

分かってる。
待っているだけじゃダメだ。俺が、カナタに会いたいんだ。
けど、どうやって探す……?
ぐるっとフロアを見渡す。

「……あっ」

凭れていたスツールを蹴り、俺は人の波をかいくぐって進んだ。

「すみません、アカリさん……ですよね?」

派手な巻き髪を揺らしながら踊っていた、見覚えのある女に声をかけた。

「そうだけど……?」
「あのっ!カナタ、知りませんか?」
「カナタくん?」
「俺、カナタの友達でミツっていいます。カナタと会いたいんだけど、連絡取れなくて……。あいつの行きそうな店とか知りませんか?」
「店……ねぇ」

アカリという女は、少し考えてから、俺と出会う前にカナタが出入りしていた店をいくつか教えてくれた。
この女は、ヒロの名前を出してカナタを動揺させ、間接的に俺たちを引き裂いた元凶だが、そんなことは言ってられない。

「ありがとう、助かります!」

なりふり構わず頭を下げ、俺はクラブを出た。
聞いた店を全て覗いてみるつもりだ。
とりあえず、同じ街にある店を目指す。

小走りで向かう俺の火照る頬を、ひんやりした夜風が撫でてゆく。
会いたいんだ、カナタに。

自分の中に、こんなに熱くなれる要素があったなんて知らなかった。
欲しいものを素直に欲しがれる自分。
どこか小馬鹿にしていた恋愛の情熱を、躊躇いなく燃やせる自分。

これが、なりたかった自分、か……。

1軒目。
わずかな望みに、胸を高鳴らせながら、肩で息をして店の前に立つ。
しかし、重たいドアを押し開けた向こうに、カナタの姿を見つけることはできなかった。
がなりたてるようなレゲエミュージックにドアで蓋をし、顔を上げる。俺は迷わず次の店を目指した。

今度は地下鉄を使わなければならない。
なぜかは分からないが、俺が本気で探せば今夜カナタに会える、そんな気がして、駅までの道を走った。

額に汗を浮かべて飛び込んだ車内が、無機質に眩しい。
目的の駅まで、窓に映る自分の姿を睨むように見つめていた。

2軒目。
少し街から離れたところにあるこのクラブは、規模が大きい。週末の夜だけあって客も多く、隅々まで探すのに苦労しそうだった。

規模が大きいだけに客層も様々なこの店には、俺も昔はよく来ていたが、かかる音楽も様々で、俺にとっては当たり外れが激しい。
今流れているのは、80年代のディスコミュージックだ。フロアには、少し年齢層の高い客が出ている。

店内が見渡せる少し高い場所を探し、手すりに凭れる。
俺は酒を飲むこともなく、ひたすらカナタを探した。

ディスコミュージックがフェードアウトし、聞き覚えのあるイントロが流れた。次は古いアメリカンロックだ。本当に雑多な選曲だが、今夜はそんなに悪くない。

フロアを離れる客、入る客、かなりの数だが念入りに確認する。
……カナタはあんまり踊らなかったな。
フロア周辺を諦め、バーカウンターに目をやる。
男女の二人組がやたらと目につく。この店には、出会いを求めてくる客も多い。

……運よくカナタを見つけたとしても、もし連れがいたら?
俺と出会う前は、普通に女の子と遊んでいたみたいだし、十分あり得る。

……でも。全く譲るつもりはない。
あいつは俺のだ。

今夜絶対に見つけてやる。
強い決意に満ちた目で、カウンターを追っていく。

曲が終わり、照明が暗転した。
次のイントロとともに、パッと明るくなる店内。
カウンターの延長戦上、壁際に、ライトを避けるように立つ、その姿を見つけた。

……カナタ!

声に出ていたかもしれない。
一瞬息を飲んだが、俺はすぐにその姿を目指して進んだ。

華奢な肩を少し揺らしながら、たまにグラスを傾け、フロアを眺めている。幸い、連れはいないようだ。
大音量と喧騒の中、声をかけても聞こえはしないだろう。
カナタは俺に気付くこともなく、フロアを眺めている。

やっと見つけた。
焦がれたその姿に、泣きたくなった。

「……カナタ!」

近づいて、名前を呼ぶ。
カナタが驚いたようにこちらを振り向くと、サラサラの茶色い髪が揺れた。
すぐに抱きしめてその髪に触れたい衝動に駆られたが、今は話さなきゃ、と自重した。

「ミツ……」
「探した。……会いたかったよ、カナタ」
「久しぶり。元気そうで良かった……」

少し動揺しているようだが、カナタは逃げ出すこともなく、ちゃんと話をしてくれた。
……伝えなきゃ。 俺の気持ちはひとつだ。

「カナタ、話があるんだ」
「……なに?」
「ちょっと出ないか?……ゆっくり話したい」
「……わかった」

瞳を揺らしながらも、カナタは店を出ることを了承してくれた。
出ようと誘ったのに、カナタを見つけた後のことなんて、全く考えてなかった。
俺たちは、並んで夜道を歩きながら、なんとなく駅を目指した。

「……どこ行くの?」

カナタが聞く。
俺の目は見ないままで。

「ごめん、考えてなかった」
「……どっか、店入る?」
「静かなとこがいい」
「……じゃあこっち……公園があるよ。そこでいい?」
「うん」

結局カナタに連れて行ってもらうことになってしまった。
これから大事な話をするつもりなのに、ピシッとしないな……。
自分の無計画さにため息をつく。

でも。
言うべきことは言うつもりだ。

俺はぐっと顔を上げた。

遊具は滑り台とブランコだけ、という小さな公園だった。
街頭が照らすベンチに、並んで腰かける。

カナタは無言で足元を見つめていた。
俺は息を吸い込んだ。

「……俺は、」

出だしに喉が鳴ったが、構わず続ける。

「カナタの傍にいたい」
「……ミツ」
「カナタに傍にいてほしい、……前みたいに」
「……無理だよ、ミツ」
「俺はカナタがいないとダメなんだ。戻ってきて……」
「ミツ!」

カナタが叫ぶように遮る。

「無理だって言っただろう?……あの頃の俺は、お前に合わせていたんだ。自分の気持ちを抑えて。……もう戻れないよ。俺はお前を束縛したいんだ。困るだろ?」
「それでもいい!」

叫ぶ声が震えた。

「カナタになら、束縛されてもいい。……頼むよ……戻ってきて……。俺、わかったんだ」
「ミツ?」
「俺もお前が好きなんだ。お前と同じ気持ちで、傍にいたいんだよ」

カナタの目が見開いた。



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