ナイト アンド ミュージック

13


13. ハンド イン ハンド



お互いに気持ちを確かめ合い、ミツと初めて繋がった夜、疲れているはずなのに、俺は幸せで眠れなかった。
これまでの辛かった片想いの時間を思い出しながら、隣で眠るミツを眺めていた。

愛しい。離したくない。
長い睫毛に縁取られた愛くるしい瞳は、今は伏せられている。
俺は、その瞼にそっとキスをした。

……こんなに可愛らしい姿をしてるのに。やっぱりミツも男なんだな、と思う。
俺を攻める腰つきを思い出しながら……。

全く余裕なくて見られなかったけれど、ミツのイく顔が見たかったな…。ミツの寝顔を見ながら考える。
俺も、ミツの全部が知りたい。
外が白んでくるにつれ、そう思う気持ちが膨らんでいった。

痛む腰をさすり、重い身体を引きずるようにして立ち上がる。
カーテンを引くと、明るくなり始めた空が、新しい一日の始まりを告げていた。
初めても同然だったから当たり前だけど、身体中が痛い。
俺は長い片想いがやっと叶ったわけだし、ミツになら何をされても良いと思えたが……。

果たしてミツは受け入れてくれるだろうか。
そこまで俺のこと、想ってくれてるだろうか。

あんなに不安だったトラウマを乗り越えて、ミツに抱かれることができた。
今度は気持ちの温度差か……。人を好きになると、悩みや不安が絶えない。

ベランダに繋がるサッシを開けた。
……不安だけど。恋をすると、悩みや不安は付き物だけど。
俺はひんやりした朝の空気を吸い込んだ。
……こんなに幸せだ。
誰かを想うことの幸せに、胸がギュッとなった。

少しぼやける視界。
……ミツに全部伝えてみよう。あいつの反応がどうであれ、俺の気持ちを知ってもらいたい。

好きだ。愛してる。ずっと一緒にいたい。束縛したい。
……抱きたい。
俺の気持ち全部。返さなくていいから、貰って。
決意すると、まるで今朝の空気みたいに清々しい気持ちになった。

「……おはよ」

ベッドでミツが目をこすりながら、上半身を起こした。

「おはよ、ミツ」

カーテンを開ける前に辛うじて下着だけは着けたが、裸で朝の挨拶をかわす雰囲気がくすぐったい。

「身体、大丈夫?」

すぐに気遣ってくれる優しいミツに、微笑んでみせる。

「大丈夫。多少は痛いけど、動けないわけじゃないし」
「……良かった。ごめんな、てかありがとな」
「何が?」
「俺のわがままを聞いてくれて……」
「ミツ……」
「どうしてもカナタが欲しかったんだ」

朝だというのに素直に気持ちを口にするミツ。以前からは考えられない。

「ミツ、ごめんは言いっこなしだよ」
「カナタ……」
「俺もミツが欲しかったわけだし。……ていうか、元々俺の方が欲しがってたんだから」

クスッと笑う。
可愛いミツ。……俺の気持ち、全部貰って。

「ミツ、好きだよ」
「うん。俺も……」
「愛してる」
「うん。俺も……」
「ずっと一緒にいたい」
「カナタ……」

ミツが蕩けそうな顔をした。

「束縛したい」
「……いいよ」

照れたように頷くミツ。
俺は続けた。

「ミツ、抱きたい」
「カナタ……」
「……俺もお前が全部欲しい」

ミツが愛くるしい瞳をさまよわせた。
……やっぱり無理か。
ミツが躊躇うのなんて、想定内だ。男が男に抱かれることに、抵抗がない方が可笑しい。

ベッドの上で横座りになっていたミツは、視線を乱れたシーツに落とした。
俺はミツの答えを待つ。
構わない。これまでのことを思えば、伝えられただけでも満足だ。
ミツが顔を上げた。

「分かった。……俺もカナタに全部知ってもらいたい」
「ミツ!」

嬉しい誤算に身体が跳ねた。

「いいの?相当痛いよ?」
「やっぱり痛いんじゃねーか。分かってるよ。大丈夫、カナタになら、何されてもいい」

心臓を鷲掴みにされた。

「ありがと。……嬉しい!」

ミツのそばに行き、抱き締める。

「……でも、俺の身体が回復してから、な」

耳もとで囁くと、ミツはくすぐったそうに頷いた。



その日を境に、俺はミツの部屋に居着いた。
あんまりベッタリだと重いってウザがられるかな、とも考えたが、重い俺も受け入れてくれると言ったミツを信じることにした。

昼間の時間は、それぞれバイトに行くわけで、四六時中一緒でもないのだから、俺の方はまだミツが足りない。
バイトから帰る時間は、いつもミツが少しだけ早い。ただいまと言った後の俺は、おかえりと迎えたミツをその場ですぐに抱き締め、不足分を補充した。
ミツを抱き締めて首筋の匂いを吸い込むと、一日の疲れも飛んでゆく。

「幸せ……」

呟くと、俺も……と照れたような声が返ってくる。
毎日が夢を見ているようだった。

平日の夜は、以前と同じように過ぎてゆく。
買ってきた弁当を食べて、それぞれ風呂に入り、テレビを消して、交代で音楽を選ぶ。

軽く晩酌しながら、音楽の波に漂う。
ミツは相変わらず、ジンが好きみたいだ。割る相手は色々変えてくるけど、基本は揺るがない。
今日はパイナップルジュース割りか……。
柑橘系より少し甘めのそれを舐めながら、ミツの横顔を眺める。

基本がブレない。
ミツは、淡々とした日常をこよなく愛している。
あまり変化を望まないミツ。俺を求めてくれたことは奇跡に近い。
愛しさを込めて、ミツの手を握ると、ミツがはにかんで笑った。



週末の夜が来る。……待ちに待った。

バイトから一旦自分の部屋に戻り、それなりに身嗜みを整えてから店に行く。
ミツはもう来ていて、カウンターでグラスを傾けていた。
相変わらずの可愛いらしさが人目を引いているが、本人は全く気付いていない。
毎日会っているが、たまには外で待ち合わせるのも良いな、と考える。

音楽は、明るいソウルミュージック。
ファルセットが心地よく耳をくすぐる。

「コロナを……」

カウンターのミツの隣に腰掛け、オーダーする。
ミツが口の端っこで笑い、軽くグラスを上げた。
戻ってきた。いつもの週末に。

出された瓶を手に取り、ライムをかじる。
俺たちの夜に、乾杯。
言葉には出さなかったが、俺は軽く瓶を上げた。

言葉も交わさず、しばらく音楽に揺れる。
余韻を引く甘い声がフェードアウトし、曲は古いファンクミュージックに変わる。

「カナタ、踊ろ」

ミツが立ち上がり、俺の手を取った。踊るなんて、珍しい。

「珍しいな……」

思ったままを口にする。

「楽しまなきゃ損じゃん?」

ニヤリとミツが右の口角を上げた。

「なんか俺、変わったかも。……カナタとこうなって、やりたいことができるようになった」

俺の手を握ったままでミツが続けた。

「今までカッコつけてやらなかったことも、やってみると案外楽しいもんだな。カナタが教えてくれたんだよ。……お前を欲しいと思ってから、俺は変わった」
「……っ」

俺は何も言えなくなり、ただミツの手を握り返した。

手をつないだまま、フロアに出る。
ゆっくりと手を離してから、二人、音楽に揺れ始めた。
うっとりと俺に視線を合わせながらリズムを取るミツは、いつもに増して、色っぽい。

……欲しい、と思った。
思ったらすぐに伝えたくなった。

「ミツ……今日はお前が欲しい……」

少し近づき、周りに聞こえないよう耳元で言うと、ミツは一瞬固まった。
ライトでよく分からないが、多分赤くなっているんだろう。ミツは目線を泳がせると、小さく頷いた。

「……出よう」

せっかくの夜だったが、俺は欲求に抗えず、ミツの手を引いた。



ミツの部屋の前で、ポケットを探る。
チャリ…と音がして、イルカに触れる。
毎晩ミツの方が帰宅が早いので、これを使うのは久しぶりだった。

幸せの、ドルフィンリング。
俺は微笑んで、ドアを開けた。



玄関先で、狂ったようにミツを求める。激しい口付けをやめることができない。
優しくしたいのに……。
ミツは初めてだから、最初は怖がらせないようにしようと思っていたのに……、止められない。

「ミツ……ミツ……」

キスの合間、うわ言のように繰り返しながら、気が付いたらベッドにミツを組み敷いていた。



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